第9話 そして隊長へ

「そうさ。俺は『夜王の巣』会長、アラン・クー。そして会長であると同時に、最上位6位の冒険者でもある男だ」

「か、かかかかか会長!?」


 驚いて尻餅を着くフラン。しかし尻餅を着いたことでバランスを崩し、かじられた右腕の断面を地面に着けてしまう。


「ぐうっ……」


 フランが右腕を左手で握りながら苦痛に顔を歪めると、アランはしゃがみ込み、フランの断面に手をかざす。


「コイツは俺からの労いだ。受け取れ」


 アランの手が青く光ると、フランの断面から徐々に皮膚に包まれた肉が生えてくる。


 10秒後には右腕は完全に再生し、間もなく指を自由自在に動かせるようになるまで復活する。


「す、すごい」

「俺の能力、『王位特権』は自分より下の立場に居る生物の状態を操作できる。俺の事を凄いかヤバいと思った奴相手になら、好き放題出来るって訳だ」

(さすが6位だ、能力と経歴の相性がとても良い。ただ名乗るだけで、それどころか普通の魔物なら相対するだけで、即死させられるんだもんな)

「新しい腕を慣らしている所すまないが、まずは森を抜けるぞ。ここじゃ落ち着いて話も出来ん」


 フランは頷き、アランと共に森の出口に向かって歩いて行った。


 ◇  ◇  ◇


 森を出た先にある街は、小さなレンガ屋根の家屋がズラッと並ぶ小さな都会だった。


「これから時間はあるな?」

「勿論です、行く当てもなくさまよっていた所だったので。それで、貴方はどうして森の入り口に居たんですか?」

「慌てるな、順を追って話す。それに目的地までは遠いんだ、俺のペースで話をさせてくれ」


 フランはふと、視界の右奥に移る大きな城を見る。


「……あの城の事ですか?」

「あぁ。五つある試験場、その各々の出口から城までの距離はきちんと把握してる。だから、どの道を通る事になろうと説明のペース配分は完璧にやれるんだ」

「なるほど、ではお任せしますね」


 アランは咳払いをし、話を続ける。


「『夜王の巣』ではまず春に11人の隊長候補を採用し、それから各々にメンバー候補の任免権を任せる形を取っている」

「それじゃ、情報誌に乗ってた大量の求人は、本部じゃなくて隊長達が各々発行してるって事ですか?」

「その通り。しかし、これら二つのとは異なるルートで採られる冒険者が、毎年1人存在する。それこそ、『会長推薦枠』だ」

「会長自らが採用を?」

「俺は数万人の冒険者と何百ものクランの頂点に立つ男だぞ? 崩壊を防ぐためには、ちょっとでも採用に携わって人を見る目を養わなきゃならん。推薦枠制度は、そう言う意図があって決めた物だ」


 感心したように頷くフラン。


「ところで気付いてるか? 今年の会長推薦枠として選ばれたのはお前だって事にさ」

「もちろん分かってますよ。ただ、あまりにも夢みたいな出来事なので、会長の口からそれを聞くまで信じられなかっただけです」

「ハハハ! 安心しろ、誰だってこう言う場で嘘は言わん。それにお前は史上初の偉業を成し遂げた男だ、引き込まない手は無い」

「史上初……もしかして、中級以下で推薦枠に滑り込む事が、ですか?」

「その通り。森の手前で言った『中級冒険者を呼んでこい』ってのは、お前が試験の参加資格を持ってないから放った言葉だ。だがお前は情熱で俺に要求を呑ませ、事故こそあれど無事に森を抜けた」

「何度も危ないところを見せてごめんなさい……」

「全くだ! 今回は相手が俺だったから良かったが、これから集めるであろうメンバーにあんな物見せたら不信を招きかねん。気をつけろよ」


 フランは俯きながら、一回頷く。


「とにかく、これからお前には今年度最後の新隊長としてクラン運営に携わって貰う。詳しい業務は昼頃に人を送って説明させるから、それまでは用意された部屋で寝るんだ」

「……そうですね、そうさせて頂きます。何分今日は摂取した情報量が多く、脳が疲労を訴えてまして」

「だろうな。諸々の情報から考えて、お前は転生1日目と見えるし。だが安心しろ、ウチの寮は業界内で最も質が良い。一度寝ただけで、疲れなんかすぐ吹き飛ぶさ」

「それは非常に有り難いですね」

「ほら、着いたぞ。後は自分の目で確かめろ」


 気がつくと、2人は巨大な城門の真下に居た。


「おおお……すっごい大きい……」


 アランは感慨深そうに声を上げるフランの右手にこっそり一本の鍵を握らせ、城門のすぐ隣にある小さな扉を開ける。


「俺は先に中に入らせて貰う、用事が立て込んでいるからな。お前の部屋は812号室だ、覚えとくんだぞ」

「は、はい! 今日は、色々ありがとうございました!」

「礼を言うのはこっちの方さ。俺をワクワクさせてくれた礼をな」


 不思議そうな表情で首をかしげるフラン。


「近頃の新入りは、ここに入れただけで満足ですーだなんてシケた事いう奴がほとんどでな。そんな中で、お前はこの組織の頂に立ちたいと言ってくれた。お前になら、この座を任せても良いと思った」

「貴方まで期待を寄せてくれるとは、ありがたい話です。しかし、だからといって贔屓は不要ですよ。僕はちゃんと、実力でそこへのし上がりますから」

「ハハハ! 俺達気が合うな! だが贔屓はしなくとも、個人的に特別扱いするくらいはいいだろ? 俺はお前が気に入ってるんだ。昔の俺に似ててな」

「……まあ、出世に有利が発生しないのでしたら」

「もちろんさ。そんじゃ、今度こそ先に行くぜ。ベタなセリフにはなるが……お前の活躍を、期待してるぞ」


 アランは一礼し、ドアの方を向いて城の中へ入っていった。


 こうしてアランを見送ったフランは目を閉じ、胸に手を置いて深呼吸をする。


(懐かしいな、この感覚。出社一日目に感じた、新生活への強い期待と不安。あまり良い気分じゃないはずだが、懐かしさから、少しだけ良いと感じる自分も居る)


 ゆっくり目を開け、開きっぱなしになっている城門横の扉を見つめるフラン。


(もう少しこの気分に浸っていたいが、ここにずっと居ると邪魔になる。それに眠い……今後の為にも、早く寮に入って寝た方が良さそうだ)


 フランは扉に近づき、敷居の前で立ち止まる


「……頑張るぞ。今度こそ、組織の頂へ!」


 意を決し、フランは敷居をまたいで中に入っていった。

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