ウツギ祠
翡翠
Re:production
夏の盛りの熱気が静かに溶け込んでいる。
この村の片隅にある祠は、木々の影に覆われ、長い年月と共にその存在を忘れ去られていた。
苔むした石と、それに包まれた神像。
その周囲を流れる雰囲気だけが、この祠の存在を告げている。
「ここ、昔は誰もが大事にしてたんだよな」
智樹が静かに呟いた。
隣に立つのは幼馴染の悠子だ。
二人は久しぶりにこの村に戻ってきた。
都会での生活に疲れ果て、懐かしい故郷の風景に浸りたいと思ったのだ。
「でも、もうここには誰も来ないよね。お祭りだって何年もやってないし、この祠の存在もう皆んな忘れてるんじゃない?」
かつて村を守ると信じられていたこの祠も、今や時代の流れに呑まれ、只の石の塊となり果てたように見える。
鳥居は朽ち、周囲を覆う木々の緑が、かつての神聖さを台無しにするかの様に侵食していた。
「でもな、こんな風にただ放っておかれるのもな……俺、やるせないっていうかさ」
智樹はそっと石を手に取り、祠の片隅に積もった枯れ葉を払い落とす。
幼い頃、彼は何度もここに訪れ祖父から神話のような話を聞かされたものだ。
村を守る祠があり、その祠を壊すことは許されない。
もし壊す者がいれば、村全体が罰を受ける――そんな話だった。
「本当にこのまま放っておいていいのかな、誰も守らない祠って、もう意味無い気もするんだよな。」
彼の言葉に、悠子はふと立ち止まった。
彼女もこの祠をかつては神聖なものだと思っていた。
しかし時代も変わり、人々の価値観も変わった。
村はもう昔ではない。若者は皆都会へと去り、残された者たちも祠のことを何も気に留めなくなっていた。
「智樹、もしかしたら私たちがこの祠を壊して、新しい今に合わせて再生させるべきなんじゃない?形ばかりの神聖さなんて、もう意味がないわ」
悠子の声はどこか冷静な、そんな確信があった。
彼女はもう、古い伝承や風習に縛られることに何の価値も見いだしていない。
現実的なものを信じ、そこに自分たちの未来を繋げようと思っているのだ。
「壊す……でも、本当にいいのか……」
智樹は何かに迷いながら、指で苔むした石を撫でた。
祖父が語っていた言葉が心のどこかで響いていた。
壊してしまったら、取り返しがつかなくなるような気がしたのだ。
「時代は変わるものよ、祠だって、ずっと同じ形で残るなんて限らない。大事なのは、そこに込められた意味。今の時代に合わないものを守り続けることに、何の意味がある?」
悠子の言葉は鋭いが、どこか優しく智樹を諭すように響いた。
「そうか……でも、じゃあ俺たちがどうすればいい?村を今に合わせて再生?はあ……」
智樹は曇った目で祠を見つめた。
古いものを壊すことで、何か新しいものが生まれるという曖昧な中での確信はあったが、その一方で、壊すことへの恐怖もあった。
祠が象徴しているのは、ただの石の塊ではなく、村そのもの、記憶だったのだ。
「まずは、壊すことから始めるの。新しい村を作るために。祠が無くなったら誰も振り返らない。未来を見据えた村にするために、この重い過去を祠を使って清算するの」
悠子は静かに微笑み、手を伸ばして智樹の手を握った。彼女の手は冷たかったが力は強かった。
「よし、わかった。ただ壊すだけじゃなくて、そのあと何を作るかが大事だよな。」
智樹は首を縦に頷いた。
もう、迷いを感じていなかった。これは只の破壊ではなく、再生の第一歩なのだと。
二人は祠の前に立ち、そっと石を取り外し始めた。
こびり着いた苔を剥がし、積み重ねられた石を少しずつ崩してゆく。
静けさだけが漂う中で、彼らの動きは一心不乱だった。
その手が祠に触れるたびに、形が次第に跡形もなくなるまで崩れる――
静かな夕暮れ、10分程経っただろうか。
祠は無言でその役割を終えた。
古いものが消え、新しい何かが今、生まれようとしている。
「よし、じゃあ祠に変わるもの、新しく再生させようか。」
その場に立つ二人の姿は、未来を見据えた若者の純粋な光を帯びていた。
ウツギ祠 翡翠 @hisui_may5
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