第12話 ホリゾンダル伯爵に報告したよ

 「お父様、お母さま、ただいま戻りました。」

 「おかえりなさいペティ、怪我は無いですか?」

 「おかえりペティ、疲れてるとは思うがすぐに話を聞きたい。アーリアも一緒に報告に来なさい。」

 「畏まりました。」


 こういうのって、ハグとかしないのか・・・、お辞儀だけで終らせたな。

 奥さんの視線が、アルティスにロックオンされていて、平静を保ちながらも、指先がピクピクと小刻みに動いている。


 夫妻が先に歩き出し、その後ろに続き、廊下を歩いて行く。

 廊下には、4色のモザイク柄の毛の短いカーペットが敷かれていて、中世と同時代と考えると、この柄はかなり先進的な柄だよな。

 手織りだったら、すげー手間だと思うんだけど、長い廊下に隙間なく敷き詰められているので、日本のオフィスの様な、パネル式のカーペットを敷き詰めているのかも知れないと思った。


 廊下の壁には、街全体の風景画や、農作業をする人などの絵が飾られていて、所々に高そうな壺や、白でラメが入っていそうな、半透明の台の上に、陶磁器っぽい花瓶に活けられた花が飾られている。

 花には詳しくは無いが、パステルカラーの花もある様で、花のびらの形もギザギザだったり、縦ロールだったりして面白い。

 柱には、天井に近い所に照明が光っているが、玄関で見たクリスタルを使った照明の様だった。


 廊下の両側には部屋があるが、通路幅が広く、3m程の幅がある為、圧迫感は無い。

 玄関ホールから、廊下の突き当りまでの長さが凄くて、50m近い距離がありそうだ。

 突き当りには、大きな扉がある部屋になっていて、その手前で廊下は右に曲がっている様だ。

 全員でぞろぞろと歩いているから、部屋に着くまでが長く感じる。

 ペティママの歩幅が、多分50cm程しかないから、奥のあの部屋に行くなら、1分はかかりそうだと思った。


 目的地は、扉の両側に全身鎧の甲冑がある、観音扉の部屋の様だ。

 甲冑は、人が入っている訳では無いが、魔力を帯びていて、防御も兼ねた魔道具なのかもしれない。

 森で見つけたフルアーマーに近いが、ここの甲冑の方が材質は良さげで、くすんだ銀色ではあるが、丁寧に磨き上げられている。


 扉は重厚な作りで、艶消しのワックスで磨かれていて、蝶番とドアノブ、ドアノッカーが純金でできていた。

 だが、重厚な作りのドアを支える程の強度は、純金には無いので、純金は装飾で、内側には鋼鉄の蝶番が付いているのだと思われる。

 扉の前には、右に執事、左にメイドが立ち、観音開きの重厚な扉を音も立てずに開いた。


 扉の中に見えた部屋は、想像の5倍は広い部屋で、応接セットの奥には、横幅のデカい執務机が見えた。


 連れていかれたのは、応接間ではなく、執務室なのだが、執務机の前には応接セットがあり、柄入りの布張りのソファーと、木製で重厚感のあるローテーブルが置かれている。

 でかい机に電気スタンド?いや、コードが無いな、魔道具とかか?、インク壺と羽ペンがある、紙は羊皮紙では無く、薄茶色の紙だ。

 後ろには、羊皮紙が丸められて入っている棚と、本がぎっしりと詰まっている棚があり、空いているスペースには、写真立ての様な小さな額縁に絵が飾られていた。

 いや、よく見ると魔法陣の様で、防音と侵入防止かな?上手い隠し方だな。

 パッと見では、幾何学模様の絵に見えるよ。


 部屋は20畳くらいの広さがあって、窓には板ガラスっぽいが、質感が違う何かが嵌まっている。

 透明だが、どこかで見た様な筋が入っている板で、まるでトンボの羽の様な線が何本も入っている。


 ペティと伯爵夫妻が向かい合って座り、アーリアは、ペティの斜め後ろに立っていて、アルティスはアーリアに抱えられていて、夫人の視線がチラチラとアルティスを見ながら、手をワキワキさせている。


 執事は扉の横に立ち、メイドがワゴンの上でお茶と茶菓子の準備を行い、3人の前にティーカップを置いていく。

 ワゴンの中段には、ミルクの入った器と、茹でたであろう何かの肉が載った皿があり、アルティスの鼻がヒクヒクと反応していた。


 「こちらはどこに置きますか?」

 

 メイドが、アルティス用の皿をどこに置くか聞いた。


 「私の膝の上へ。」

 「おい!」


 奥さんのボケに、即座に突っ込みを入れる旦那。

 ペティが固まり、目を見開いて驚くメイド、アーリアの口からは小さく「え?」と声が漏れた。


 「冗談よ、テーブルの上に置いてちょうだい。」

 「全く、冗談はほどほどにしなさい。」


 メイドが、奥さんの正面に皿を並べ、音も立てずに部屋から出て行った。


 「さ、アーリア、その子をテーブルに乗せてちょうだい。」

 「大人しくしてなさい。」


 少し戸惑いながらも、アーリアがテーブルにアルティスを乗せ、小声で注意した。


 「ミャ」『暴れた事など無いのに、心外だ。』

 「この子のお名前は、何と言うの?」

 「アルティスでございます。」

 「アルティスさん、私の名前はエカテリーヌ・ホリゾンダルで、この人の名前が、ケイン・ホリゾンダル伯爵よ。よろしくね。」

 「ミャー」『アルティスといいます。よろしくお願いします。』ペコリ


 「今、挨拶とお辞儀しなかった!?」

 「そんな訳無かろう、偶然だよ、偶然。ニャーとしか言ってないじゃないか。」

 「いえ、自己紹介しました。「よろしくお願いします」と」

 「判るというのか?、信じられんが・・・」

 「はい、意思疎通はできます。」

 「まあ!?、おりこうさんね、遠慮せず食べていいわよ。」


 一応、アーリアを見ると頷いたので食べる事にした。


 「ミャ」『いただきまーす!』


 エカテリーヌ夫人の顔がデレっとした。

 ミルクは、牛乳っぽいが少しとろみがあり、濃厚で少し甘みのある味わい、搾りたての牛乳が、こんな味だと聞いた事が有る。

 肉は鶏肉を茹でた感じで、ちょっと歯ごたえがあって味も濃いめ、地鶏っぽい。

 異世界にブロイラーなんて居ないだろうから、当然といえば当然か。


 「ミャー」『少し塩味が欲しいんだけど、駄目かな?』

 「少し塩をかけて欲しいそうです。」


 執事がスッと近づいて来て、胸ポケットから塩の入った小瓶を取り出して、パラパラと振りかけて、戻って行った。


 「ミャ」『ありがとうございます。』


 胸ポケに塩を入れてるとか、珍しい執事だな。

 肉があっという間に無くなったのを見てエカテリーヌ夫人が言った。


 「お肉の追加をお願い。」

 

 おお、気が利くねぇ、奥さん。

 でも、俺はこっちのお菓子が気になるぞ。


 「お持ちしました。」

 

 早っや!まだ数秒しか経ってねぇぞ!?


 「えっ?もう来たの?」


 即座に皿を交換した、執事の行動にペティが驚いている。


 「は、早いわね。」

 「はい、今日の夕食で使う予定だった肉でございます。丁度ゆであがった物がありましたので、メイドに持たせておりました。」

 

 うんうん頷くエカテリーヌ夫人、アルティスはお菓子の方をスンスン気にするが、遮る様にペティが手を置いた。

 アルティスとペティの間に、一瞬火花が散った様に見えた。


 「こほん、それでは報告を聞こうか。」


 ペティセインの報告が始まった。

 「学園が長期休暇に入ったので帰省する途中、魔の森に差し掛かったところで11名の盗賊に襲われました。馬車をなんらかの方法で横転させられ、戦闘で兵士二人が死亡し、盗賊4人を撃退しましたが、残りの盗賊が逃げ出しました。」

 「アーリアが、逃げた盗賊に追撃をしまして、途中から加勢してくれた、アルティス君と共に、全員撃退しております。」

 「また、盗賊に襲撃されたために、魔の森を日が出ている間に抜ける事が、難しくなった為、魔の森の手前で野営を致しましたが、その際にも5名の盗賊と兵士1名の裏切りにより襲撃されかけましたが、アルティス君が盗賊5名を撃退し、事無きを得ました。」


 「アーリア、17人もの盗賊から、よくぞペティを守ってくれた、ありがとう礼を言うよ。」

 「いえ、私は職務を全うしただけです。逃げた盗賊を追いかけて、肩に矢を受け、危うく死にかけましたが、アルティスが加勢してくれたおかげで、お嬢様とここまで帰ってこれました。」

 「アルティス?、この小動物がか?そんなに強そうには見えないが・・」

 「アルティスは、盗賊を8人倒していますし、魔法も使えるんです。アルティスが回復魔法を使えたおかげで、兵士の命も助かりました。」

 「回復魔法も使うのか!?・・・しかし、兵士の裏切りとはな、教育をもっとしっかりしなければならないか。」


 呟くケイン伯爵と、執事が一瞬視線を交わした。

 そんな呟きは無視したのか、エカテリーヌ夫人が驚きの声を上げると、直ぐに切り替えた、ケイン伯爵が詳しい説明を求めた。


 「まぁ!そんなにお強いの?こんなに可愛いお姿なのに?」

 「アーリア、そのアルティス君に助けられた時の状況を詳しく聞かせてくれ。」


 「はい、私は逃げた6人を追いかけましたが、追いかけたのが私一人だったのと、弓を持った盗賊が、木の上で待ち構えていまして、盗賊達が振り返って、私は、6人の盗賊と1人の弓兵と相対しました。」

 「今思えば、私はその者達に釣られたのでしょう。先に倒した者よりも手練れで、少々苦戦していたところ、盗賊の背後からの弓矢で左肩を撃ち抜かれてしまいましたが、直後に弓矢を撃った盗賊が、アルティスに跳ね飛ばされて地面に転がり、盗賊がいた木の上のアルティスと目が合いました。」


 アーリアは、アルティスが弓兵を倒してからの、共闘した時の様子を説明し、アルティスとペティの様子を茶化す様に話した。


 「当面の危機を脱したと判断できましたので、すぐに馬車に戻り、お嬢様の安否の確認と馬車から救出しまして、そこで後ろをついて来ていた彼にお礼をしました。」

 「お嬢様は最初は嫌われている様子でしたが。」

 「ちょっと!?それはアミュレットのせいでしょ!?」

 「まあ!、胸が小さいのはお嫌いなのかしら?」

 「お母さま!?それは関係無いですよね!?」


 この家族、超面白い。


 「魔獣除けのアミュレットが駄目だったらしいです。外したらお嬢様も抱っこできるようになってましたが。」

 「アミュレットを外す前、お嬢様が追いかけ回した時に威嚇されまして、兵士との間に私が割り込みまして、兵士を制止して、私が抱き上げたところ、頭の中に【テイムしますか?】という言葉が浮かんできました。」

 「テイム?聞いた事が無い言葉だな。」

 「勇者様の物語の中で、出てきましたよ?、あのドラゴンを従えた時です。」

 「む?そうだったか?、あまり覚えてはいないが、そうか、あの話の中に出てきたのか。」

 「ミャー?」『テイムを知らない?この世界ってテイマー居ないの?』


 「え?テイマー?ちょっと待ってて。私もおとぎ話の中の話だと思っていましたので、頭に浮かんだ時は驚きました。彼との間に青白い線が繋がってたのと、悪い気はしませんでしたので、「YES」を選択しました。私と彼の足元に青い魔法陣が出て消えたら、アルティスに挨拶をされまして、それと同時に名前を付けろと浮かんできました。」


 追加の肉を食べたら眠くなってきた・・・ふわぁ・・・


 「本当に会話できると言うのか?」

 「はい、彼の鳴き声が言葉として理解できるようになりました。」

 「信じられない・・・、こんな話聞いた事が無いぞ!」

 「物語の中で、勇者様がドラゴンと会話していた筈ですよ?」

 「アーリアちゃん、アルティスさんの考えている事も判りますの?」

 「いえ、話す事はできますが、何を考えているかまでは判りません。ただ、彼は人間の言葉を理解できるようです。しかも、頭もいいみたいです。」

 「まあ!かなりのおりこうさんなのね!ねぇ、私の言葉は判る?」

 「・・・・・・・・・」

 「反応しないぞ?」

 「・・・申し訳ありません、寝てるようです。」

 「あらあら、お腹いっぱいになって眠くなっちゃったのね!」


 腹が膨れて眠くなって、つい寝てしまった。

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