第9話 野営する事になったよ

 「今回の旅程では、野営をする想定はしていなかったから、多少の保存食は持っているが、それ以外は特に食料となる物が無いんだよ。だから早く馬に戻ってきて欲しいのだが、厳しそうだな。」


 保存食ってアレか?、干し肉と焼しめた黒パンだ。

 黒くなるのは少量の小麦と、ライ麦を多く使うからで、小麦に比べて、ライ麦はグルテンが少ないから、フカフカにはならず、気泡が少ない分ずっしりとしていて、ちょっと酸味のある、固いパンになるそうだ。

 焼き締めるというのは、普通に焼いても硬いのに、カッチカチになるまで水分を抜くって事らしく、焼き締めれば外側が硬くなり、腐り難いってネットで調べた事がある。


 固く焼く事で、カビ難くて変質せずに、1ヶ月くらいは持つパンになるそうだ。

 通常、小麦は粉の状態では保存に向かない為、野外炊飯ではパンを焼く事はせず、鍋があればパン粥に、干し肉を入れて煮る程度の料理しかしないらしい。


 市街地以外では、比較的薪が手に入りやすく、火を付けるのが簡単なこの世界でも、パンは保存用である可能性は高い。

 というのも、中世の食料事情でも、パンを焼くには大量の薪が必要になる為、各家庭で毎日焼く事は無く、街に共有のオーブンがあって、そこで皆が一緒にパンを焼くのが普通だったと、聞いた事があるのだ。

 つまり、毎日パンを焼くのではなく、月に数回まとめて焼いて、それを食べるという事だ。

 ライ麦パンも、スーパーで売ってる様な、薄茶色ではなく、黒糖パンの様な色で、ライ麦90%以上のドイツパンの様な硬い感じのパンだ。

 ライ麦パンは、気泡が小さくて、水分が少ないのに、持つとずっしりとした重さがあって、外側はカチカチで硬く、齧って食べる事は難しく、ワインや水に浸けて食べるのが普通なのだ。

 天然酵母を使っていれば、多少は柔らかくなっていそうだが、保存食としてのパンは、本当にカッチカチのレンガの様なパンだろうと思う。


 『ナットゥに戻るのは駄目なの?』

 「駄目では無いのだが、宿の支配人の話では、今晩泊めるのは難しいと言っていたのでな。街中に居ながら、馬車の中で寝ると言うのは、体裁が悪いから、難しい相談だな。」


 体裁が悪いというのは、貴族のとして街中での車中泊は、お金が無いとみられる為、メンツ的にできないって事だろう。


 『他に宿は無いの?』

 「ランクの落ちる宿はあるんだが、お嬢様をそんな宿にお泊めする事は、できないな。」


 非常時だから仕方無いという事にはできない様子だ。


 「正直、保存食は食べたくないんだよ、美味しくないし、硬くて口の中が血まみれになる。」


 カッチカチのパンを、そのまま口に放り込めばそうなるのは、必然だろうね。

 特に、普通の小麦のパンでも、1日経てば硬くなるのに、ライ麦パンが硬くなれば、更に硬くなってザリザリになるのだろう。


 『ふやかさないの?』

 「普通は水やワインに浸すんだが、器が無い時は、口の中でふやかすしかないんだよ。だが、トゲトゲの石を口に含むと、どうしてもね・・・。」


 どうやら、調理できる様な鍋や、コップも持ってないらしい。

 クッカーセットとか無いのだろうか?旅をするのなら持っていても不思議では無い気もするが、野宿を全く想定していないのかもしれない。

 まぁ、薄くて軽い物なんて、まだ作れないだろうしな。


 ディメンションホールから、岩場で生活している時に作った器を出してみた。


 「うぉっ!、ディメンションホールも使えるのか!?、しかも、この器は錫か?」

 『俺が作ったヤツだよ。』

 「どうやって?」

 『錬金術で成形したんだよ。』

 「錬金術では、そんな事もできるのか!?」


 アーリアとの話に夢中になっていて、警戒が疎かになっていた。

 そういえば、ドレス女はどこにいるんだろう?と疑問に思い、魔力感知を見ると、森の近くに二つの点がある事に気が付いた。

 その方向に向いてみると、ドレス女と殺気を帯びた赤い目が二つ、アーリアに呼びかけつつ、ドレス女を襲おうとしている目に向かって走った。


 『あるじ!ドレス女が危ない!』

 「ドレス女!?・・・と、とりあえず分かった!」


 アルティスの呼び方に驚いたが、見回して森の近くに居るお嬢様と近くに居る魔物を見て、すぐさま行動に移した。


 「お嬢様!下がってください!!」

 「え?」


 ドレス女がアーリアの警告に反応して振り向いた瞬間、光る目が襲い掛かった。

 アルティスはドレス女の横をすり抜け、飛びかかろうとする敵目掛けて、鑑定しつつ猫パンチをワン・ツーで振り抜いた。


 「ミャ」『[鑑定]猫パンチ!』

 スカッ、ドスッ

 「ギャン」


 明るい所から暗い森の中を見ていた為、目が光ってる事しか判らなかったが、鑑定では、フォレストドッグと出た。


 名前:フォレストドッグ

 HP:83

 MP:698

 STR:126

 VIT:80

 AGI:134

 INT:89

 MAG:73

 攻撃スキル:噛みつき 毒爪 爪撃

 感知スキル:振動感知 嗅覚 聴覚

 耐性スキル:毒耐性

 魔法:土魔法


 猫パンチの初撃は空ぶったが、二発目が鼻先に当たり、フォレストドッグの顔を横に向かせて、鼻先を抉り、地面に落とす事に成功した。

 鼻先を怪我して、脳震盪を起こしたらしく、フラフラと立ち上がろうとしていた所に、追いついたアーリアが首に剣を刺してとどめを刺した。

 ドレス女はアーリアの方を向いていて、フォレストドッグが飛びかかってきた瞬間を見ていなかったが、危ない目に合った事は察したらしく、真っ青になってへたり込んだ。


 「お嬢様、こちらへ。あまり森の近くには行かない様にして下さい。」


 アーリアはドレス女に怪我が無いか確認し、ドレス女を馬車に乗せた後、アルティスの方に向き直った。


 「アルティス、お嬢様の事をドレス女とか呼んでた?」

 『うん』

 「私はお嬢様を守る騎士で、お嬢様はホリゾンダル伯爵家のご令嬢です。なので、今後一切ドレス女などと呼ぶ事を禁じます。お嬢様の事をどう呼べばいいのかは、本人に直接聞いて許可を貰ってください。

 『お嬢様には、この声聞こえないよ?』

 「え?聞こえるのは私だけ?ちょっと待ってて・・・お嬢様、この子はアルティスといいます。私の従魔になりました。この子がお嬢様を呼ぶときは、何と呼ばせればよろしいですか?」

 「この子が従魔!?、リアの?、従魔っておとぎ話の中だけの魔法じゃなかったんだ!!ミャーミャー鳴くこの子と、会話してる様子だったから、何かと思ってたわ。名前はアルティス君に決まったのね、私は、ペティセイン・ホリゾンダルよ、アルティス君よろしくね。私の事はペティか、リアと同じ呼び方でいいわ。」

 「ミャーミャー・・・周りにはそう見えるんですね・・・」


 出発準備も粗方終わったが、もう一頭の馬が、まだ戻ってきていない。

 馬車に乗り込むと、お嬢様から匂っていた刺激臭は、綺麗さっぱり消えていた。

 腋の下を洗ったのかな?


 「何か、失礼な事考えて無い?」


 うぐっ、鋭いな・・・。

 とぼけて首を傾げた。


 「お嬢様は、魔獣除けのアミュレットを身に着けていたから、アルティスにだけ刺激臭が感じられたんだよ。ですが、外した途端にこれでは、また着けて頂くしか無い様ですが?」

 「でも、着けていると、アルティス君が馬車に乗れないんじゃない?」

 「屋根の上か御者席でも、問題は無いでしょう。」


 アミュレットはネックレスになっていて、肌に直接触れていないと、魔力を供給できずに効果が消えてしまうらしい。

 安全の為には、常に身に着けていなければいけないが、着けるとアルティスに触れなくなってしまうので、危機が迫ったら着けるという条件で外した直後に、森に近づいてしまった為に、襲われた様だ。

 アーリアを説得した意味が無いんじゃないか?と思ったら、屋敷に帰ったら父親から怒られる予定なんだそうだ。


 『森に近づかせなければ、問題無いんじゃないの?』

 「お嬢様が気を付けて頂ければ、解決するのですが?」

 「もう一人で森には近づかない様にする!だからお願い!ね?いいでしょ!?」

 「・・・仕方ありませんね。フラッと一人で出歩かない様に気をつけてください。次やったら付けてもらいますからね!」


 ここまでしているのに、近寄らなかったら、怒られ損になっちゃうから、お嬢様の膝の上に乗ってあげたら、涙を流して喜んでたよ。


 「ミャー?」『そんなに触りたかったの?』

 「あはは、お嬢様はアルティスに逃げられて、ホントに悲しんでおられたからな。」

 「だってー、リアには懐いているのに、私には威嚇してくるんだもの、悲しくもなるわよ!」


 因みに、アーリアは馬車の扉の前に立って、警戒をしながら話しているよ?一緒に馬車に乗ったら、警戒できないからね。

 兵士が逃げた馬を連れて帰ってきた。

 馬を繋ぎ、先に進むのかと思ったが、どうやら違う様だ。


 「この先、暫らくは森と川に挟まれた道になります、夜になると逃げ場が無くて危険なので、少し戻ると森から離れた場所に野営できる場所があるので、そこで朝まで野営しませんか?」


 そう発言したのは、いつの間にか復活していた兵士だ。

 この兵士は、なんか臭いが変なんだよな。

 微妙に革鎧の臭いと、体臭なのか、苦い臭いがして、気になる。


 「ミャ」『[鑑定]』


 名前はカート、職業は兵士(盗賊)となっていて、特に偵察や罠関係のスキルなどは持っていない様だ。


 「ミャ!」『どっちだよ!』

 「どうした?アルティス、何かあったのか?」

 「ミャ」『ちょっとね。』


 思わず、職業にツッコミを入れてしまった。

 ステータスは、オール100ちょっとで、兵士としては弱すぎなんじゃないかと思うのだが、これが普通なのかな?


 太陽の位置はだいぶ傾き、あと1、2時間で暗くなりそうだった為、アーリアは、お嬢様に確認してから了承した。

 アーリアが、兵士達に野営場所に移動する指示を出し、兵士の操縦によって馬車が、方向転換をした。

 野営地に向かう途中で、アーリアが兵士達の名前を教えてくれた。


 「野営の進言をしてきたのが、カート。今馬車の御者をしているのが、ルース。馬車の右側を歩いているのが、コルス。左側を歩いているのが、メビウスだ。」


 アルティスが治療した兵士は、メビウスだった様だが、メビウスも何となくちょっと変な感じなんだよね。

 上手く説明できないけど、極々微妙に腐敗臭が感じられる気がする。

 一応、全員の匂いは覚えてはいるが、カートは鑑定した結果、盗賊と兵士を兼任していて、コイツだけが何故か苦い臭いをしているのだ。


 盗賊と一言でいえば、通常は悪者になるのだが、職業にも盗賊がある可能性があるのだ。

 RPGではよくあるパターンで、盗賊=罠の発見や偵察役としてシーフ(盗賊)という場合があり、単独行動しているのを考慮すれば、普通に偵察役としての役割を果たす為の職業として、みれてしまうのだ。

 だが、そうはいっても、スキル構成を見てもカートが偵察をできる様には思えず、警戒した方がよさそうだと思った。


 馬車に乗ってる時は、魔力感知以外は役に立たなかった。

 窓の外は、アーリアの肩に乗るか、体を支えてもらわないと、窓の位置が高くて空しか見えない。

 この世界に来た当初と比べれば、少しは大きくなったのだが、産毛の状態から普通の毛に変わった程度で、大きさも一回り大きくなった・・・かも知れない程度だ。

 子猫サイズには変わりが無いので、目視の警戒は、兵士達に任せる事にした。


 暫らく進むと、馬車が止まり、野営できる場所に着いた様だ。

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