第8話 名前をもらって、あるじが引いたよ

 アーリアは困惑していた。

 突然、目の前に【従魔契約を行いますか? YES/NO】という窓が開き、意味が判らなかったから、何度も読み返した。

 従魔が何なのか判らなかったが、目の前の小さな生き物との間に青白い繋がりが見えたので、「YES」を選んだ。

 直後に、魔法陣が足元に浮かび、今度は【従魔の名前を決めて下さい】という窓が開いたのだ。


 アーリアは、何かの名前を決めるなどと言う事は、今まで一度もやった事が無かった。

 従魔の名前!?この子の事?

 すると、目の前の小動物から声が聞こえた。


 『よろしく!あるじ!』


 喋った!?、話せるのか!、そうか、挨拶するには、名前が必要かぁ・・・うーん、どうしよう・・・。

 名前に悩んでいると、小動物が周りをグルグル回りながら、『あるじーあるじー』と急かす様に言ってくる。


 神様の名前をもじって考えるとして、いやしかし、神様の名前を獣に付けるのは、不敬に当たるかもしれないが、しかし、他の名前を参考にとなると、思いつくのは・・・やっぱり無いな、アルテウス様がいいな。

 とすると、そのままは、さすがに駄目だとして、少し変えた方がいいから、あ・・・あほ、アホカス・・・いや駄目だ駄目だ!ほは違う、ある・・・あるて・・・アルテスト?・・・アガリスク?・・・アバンギャルド?しっくり来ないから、うーん・・・ある・・・ある・・・てぃ・・・す、アルティス!?これだ!!


 一瞬、何て呼ぼうか考えたが、名前の呼び捨てもどうかと思ったので、でいいと思った。 

 従魔契約後、挨拶すると、アーリアの顔は驚きで目が点になっていた。


 直後、妙にオロオロし始めたと思ったら、頭を押さえたり、腕を組んで考えてたり、首を横に振ったかと思えば、突然頭を抱えてうんうん唸りだした。


 『あるじー?』

 『ねぇどうしたのー?』

 『あーるじー』


 アーリアは、何かに夢中で自分の呼びかけに応えない。

 アーリアの周りをグルグル回りながら呼んでも、頭を抱えたままブツブツと何か言っているだけで動かない。

 突然左手に右手を打ち付けたアーリアは、従魔の方を向いて、考え抜いた名前を告げた。


 「よし!、今いい名前が思いついた!!君の名はアルティスだ!」


 突然名前を告げられたが、視界の中心から、光が弾けた。


 『いいね!俺は、アルティスだ!』

 「私の名前は、アーリアだ。没落した元貴族だから、家名は名乗らない事にしている。よろしくな。」

 『よろしく!』


 尻尾も嬉しいのか、テシテシ地面を叩いている様だ。


 ふと、川の方から微かに呻き声が聞こえた。

 声のする方に行ってみると、川の土手に兵士が俯せに倒れていて、うーうー唸っていた。

 血の匂いがしているので、どこか怪我をしている様だった。

 怪我の箇所を確認したら、足が変な方に向いているのが見えて、骨が飛び出していた。

 解放骨折だっけ?


 兵士の手の平に右手を置き


 「ミャ」『[治療術]』


 アルティスの右前足が光り、その光がどんどん兵士の体に広がっていく、と同時にアルティスの体から、何かがずるずると引き出されていく感覚があり、兵士の足の傷が塞がり、足の向きが勝手に正常に戻ったところで、光と引き出される感覚が消えた。

 正直、足が治る時の動きが気持ち悪いと思った。


 ステータスを見るとMPがごっそり減って、半分になっていた。

 なんか吸い取られてると思ったら、重症だったからか、MPを大量に消費した様だ。


 「凄いわ!この子今、回復魔法使ったのよね!?、見た?今の見た!?」

 「ミャって鳴いてましたよね?」

 「普通の回復魔法とは、違う様でしたね。」


 背後から声が聞こえたので、振り向いてみると、少し離れてドレス女と兵士二人がこちらを見ていた。

 見られてるとは思わず、少し驚いたが、治療術を使ってMPが減り過ぎたから、ちょっとフラフラするが、どやっとしてみた。

 アーリアが、フラフラな俺を抱き上げて撫でてくれたよ。


 ふわぁ・・・

 一気に眠気が襲い掛かって来た。


 欠伸が出て、頭がコテッと落ちた。

 アーリアは、腕の中で眠り始めたアルティスを見て、愛おしく思いながら、大事な事を思い出した。

 抱いているアルティスを倒れた馬車の上に置き、倒れている兵士を担ぎあげ、荷物の傍に降ろした。


 先に復活していた兵士は、盗賊の死体を調べてから、川に投げ入れている。

 横倒しの馬車の上に降ろされたアルティスは、ごつごつした感触に変わった事で、寝付けずにボーっとしながら、死体が川に投げ込まれる様を見ていた。

 川に投げ入れられた盗賊の死体が水しぶきを上げて浮かび上がると、水中から巨大な魚の頭が飛び出し、盗賊の死体に食いつくと、全身をさらす事無く水中へ戻っていった。

 アルティスは、驚きのあまり、目を見開き口をあんぐりと開けて、立ち上がって片足立ちになり、変なポーズをしていた。


 「ブフォッ・・・クククッ・・・ププッ」


 アーリアが吹き出して、腹を抱えて堪える様に笑っている、どうやら見られていたようだ・・・。


 笑うのを止め、深呼吸を数回したのち、咳払いで誤魔化したアーリアは、兵士達とどうやって馬車を起こすか、検討し始めた。

 馬車は貴族用の箱馬車で、大きめの車輪が四つ付いているだけで、箱に車輪が付いた軸を付けただけの、シンプルな構造だ。

 車輪の大きさが、直径150cm程ありそうだから、車輪がでかい分車高も高く、重心の位置も高そうだ。

 慎重に起こさないと勢いで反対側に倒れる可能性があると思う。


 馬車なんて、実物は初めて見たので、マジマジと見ていた。

 ベアリングの様な物はついておらず、サスペンションも無い。

 車軸は回らない様に馬車に固定されているらしく、車輪が独立して回る様だ。

 まぁ、そうじゃないと4輪は、曲がれないか。

 ブレーキ的な物は、付いているが、ブレーキパッドには革?を重ねた様な物が付いている。


 一応、梃子の原理で両側の車輪を抑えられる様になっているが、手動なので、あれでは急ブレーキは難しそうだ。

 車輪は鉄製で、スポークは金属の様なので、鋳造で作ったのだろう。

 箱馬車は、リベットが見えるので、多分金属製だと思われる。

 車体が重ければ、車輪が変形しやすくなり、変形を防ぐには、厚みを持たせるか、衝撃を和らげるかしないといけないのだが、バネは付いていないので、頑丈に作ったのだろう。


 引っ張られるだけだから、グリップ力は大して考慮されていない様で、車輪の表面には、凸凹は見えない。

 ドア部分の下には、箱の様な物があるので、展開してステップになると思われる。

 屋根の上に荷物を乗せられるように、低い柵が付いているのが見えたが、荷物は道の脇に積みあがっていた。


 上に載せたら、重心が高くなって倒れやすくなると思うのだが、その手の知識が無いのかもしれない。


 話が纏まったのか、各々が配置に着いた。馬車を持ち上げる位置にいるのがアーリア一人、反対側に兵士が3人いた。

 STRの数値と影響力が判るかもしれないと思った。


 「よし、起こすぞ、準備はいいか?」

 「「「はいっ!」」」

 「いくぞっ!・・・へ?」


 ふんっ!とアーリアが気合を入れて全身に力を入れると、意外とすんなり膝を伸ばせたので、顔が呆けていた。

 いかにも重そうな物を、気合を入れて持ってみたら、軽かった!?と驚いたのか。

 反対側にいた兵士達は、もっとゆっくり来るものだと思っていた様で、一人が馬車の下敷きになりかけている。

 アルティスは、勢いが出たその理由に気付いている。


 その後も、ひょいと馬車を立てたアーリアは、両手を見つめながら、目が点になっていた。

 兵士は、無事に起き上がった馬車に安堵して、馬車の下に倒れている仲間を立ち上がらせる為に、支えていた車輪から手を離した。

 驚きつつも、割と軽々と馬車を引き起こしたアーリアは、油断していた。 

 馬車が起きた瞬間動き出しそうになったのを見て、咄嗟にレバーブレーキをかけて止めた、が、力を入れすぎて、金属製のレバーがぐんにゃり曲がっていた。

 兵士達は、変な方向に曲がったレバーとアーリアを交互に見て、驚いていて、アーリアはレバーを必死に直していた。

 馬車をよく見てみると、ボディーの鉄板の厚さは5ミリ程あり、かなり重いだろう事が判る。

 こんなのを一人で持ち上げたアーリアを見て、兵士達が引いている。


 今はステータス共有してるからね、アルティスのステータスに合わせた形になるけど、気がついて無い様だ。


 『ステータス上ってるんだよ?』

 「え?・・・ホントだ・・・凄い上って・・・MPが12万超えてる!?」


 今のアルティスのMAGは6105で、MPは12万2100だ。

 従魔契約をするとステータスの数値の、それぞれの最高値を適用する為に、大幅に強化されたので、その数値に驚いている様だ。


 「ふぅ、凄いなアルティス、スキル共有で大幅にステータスが上ったよ!」

 『あるじ強くなったよね?』ドヤァ

 「アルティスのステータスはどうやれば見える?」

 『従魔のところから。』


 また頭の中に文字が浮かんできた、【アーリアがステータスの閲覧を求めています。許可しますか? YES/NO】


 「YES」


 メッセージは名前呼びなんだね。


 「あ、開いた!・・・ふむふむ・・・やっぱり私より強いんだ・・・そんなちっちゃくて可愛いのに、STR204ってやばくないか?」


 ステータスのSTR値は、20もアップしたのだが、人間の基準だと凄い数値になるらしい。

 自動回復を切ってからのSTRの伸びがやばかった。


 『普通の平均ってどれくらい?』

 「普通は100超えるか超えないかくらいだよ、MPだって20000超えてる人なんて、見た事無いよ。というか、MAG高すぎじゃないか?」

 『そんな事言われても、判らないよ。MAGはどんどん増えるし。』

 「いんてっ・・・賢者でもINTは300ちょっとと言われてるのに、それに近い数値という事は、相当頭がいいのか・・・」

 『計算は早いよ?』


 INTの数値は、IQという訳では無い様だ。

 子供の頃は、そろばん塾に通うのが、割と普通の事だったからね、暗算は得意なんだよ。

 最近は、そろばん塾なんて、すっかり見なくなってしまったけど、暗算が得意だと凄く便利なんだよ?、数学も割と成績がいい方だったしね。


 「計算が得意・・・商人になれるかも?」

 『人間の貨幣価値を知らないよ。初めて会った人間があるじだし。』

 「それは後で、教えてあげよう」

 「馬車の点検完了しました!」


 兵士が、馬車の点検を完了したので、出発するのかと思ったが、馬が片側に寄って繋がれているから、2頭立ての馬車だったのか。

 1頭居ないな、どこかに逃げているのかと思い、魔力感知で確認してみると、隅っこの方に兵士が二人いるので、その辺に馬が逃げていたのだろう。

 繋がれている馬は、さっき驚かせた馬が、回復してもらって繋がれている様だ。

 アルティスが見ると、顔を逸らされた。


 『ここから街まで遠いの?』

 「そうだな、ここはモコスタビアとナットゥの間にある街道で、モコスタビアに向かっている途中なんだが、モコスタビアまではまだ、半日以上の距離があるんだよ。ナットゥまでは近いんだが、戻っても宿が取れるかどうかって所だな。」


 馬が戻って来ないと、1頭では、馬車を引くのが難しく、日暮れまでに帰れなくなるらしい。

 そんな事より、ナットゥってねばねばしてそうな名前だ。

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