ハイミルクだから意地っ張り

私はハイミルクだから意地っ張り


◇◇◇◇


次の日の昼休み、加藤さんと彼女の友達数人が私のクラスまで来て、呼び出された。



「菊池さん、何で夏月と一緒にコンビニいたの?」



そして廊下で向かい合う。


比率は偏ってるけど。



「………………えっと、私達、家が近所で」


「で?たまたま一緒だったの?」


「たまたま……じゃなくて」


「はぁ?何?声が小さくて聞こえない」



気の強い彼女のオーラに心臓がビビっている。


加藤さんの友達は何かを言うわけでなく、私達を見守っている。


でも視線の数だけでプレッシャー。



廊下でのその様子を皆は見ては通りすぎ、振り返ったりする。


注目の的だ。


学校で起こったそのことは、大体いつも……すぐに違うクラスにも伝わってしまう。


それでもカー君の耳に入らないことを祈るしかなかった……



◇◇◇◇



「お、藤子」



塾から帰って自宅の最寄り駅に着いて、改札から出たすぐの所でジャージ姿のカー君が出迎えてくれた。



「……え?カー君、何してるの?」


「部活引退してから勉強ばっかで体なまってる気がしたから、ジョギング。……で、たまたま藤子見つけた」


「たまたま?」


「そう、たまたま」



カー君は伸びをしながら歩きだした。



「んー、じゃあ帰っか~」


「え!?」


「あ?」


「一緒に帰るの!?」


「……家同じ方向じゃねぇか」


「ジョギングは?」


「もう充分走ったから」


「……そっか」



もしかして私を夜道一人にしないように迎えに来てくれた……かもしれないけど、カー君の性格から言って、そんなこと言うわけがないし…いいや。


もしかしたら本当にたまたまかもしれないし。



「そういや藤子のノートが俺のカバンに混ざってたぜ」


「ウソ。学校の?気付かなかった」


「ついでに俺ん家寄ってけ。返す」


「うん」



カー君の家にはよくお邪魔させてもらうから、おばさんに少し挨拶したらそのままいつも通りカー君の部屋に二人で入った。



「そういや聞いたぞ。トーコ、加藤と喧嘩したんだって?」



カー君はカバンを探りながらニヤニヤしてそう言ってきた。


う……やっぱり伝わってたか。



「それで?何?何の喧嘩?」


「け……ケンカじゃないよ。ちょっと喋っただけ。廊下で喋ってたから、ちょっと目立ってたかな……それよりも早くノート!!」


「……なんか変こと言われたりしつこかったら俺から加藤に言っとこうか?」



突然に真顔になったカー君は私の傍に来て頭にノートをポンと置かれた。



中学に上がってからカー君との仲を詮索する女子が増えたから、こんなことは日常茶飯事のへっちゃらだった。



「うぅん、大丈夫だよ」



だから笑顔でわりとサラッとウソ付くことにも慣れた。



カー君は私をジッと見てくる。



「な…何?ノート、これだけなら私帰るけど……」


「……別に」


「……」



カー君も私がウソついてるって気付いてるのかもしれない。


でもこれ以上カー君に甘えたくないし……



「藤子、お前キスしたことあるか?」


「……え……えぇっ!?」



突然の質問にビックリしてカー君からキョリを取った。



「な……何?何……一体…キスって?」


「……今日、加藤にさ~」



加藤さん?


カー君は手袋を外し、ジャージのジッパーを下げた。



「急に『キスしてみない?』って言われた」


「へっ!?」



急展開のことに裏声が出た。



「そ……それで、カー君!!したの!?キス!!」


「するわけねぇだろ?そんな突然に言われて。意味わかんねぇし」



意味わかんないって……



「すっげぇ自然に笑顔で言ってくるからさ、ビビったっつの。なぁ…トーコ?」


「へ……な…何?」


「最近の女子ってあんな風に普通にキスだのって誰にでも言うものなのか?トーコも言うの?」


「……カー君は勉強できるくせに変なこと真面目に聞いてくるね」


「は?何それ……藤子、キスしたことあるの?」


「わ…私はともかく……加藤さんは…別に誰にでも言うわけじゃなくて、その……カー君だから……言ったんじゃ……ないのかな?」


「……ふーん?」



って、私は何で加藤さんの気持ちを代弁するようなことをしなくちゃいけないの?



カー君は下のジャージも脱いで、部屋着に着替える。


別にカー君のパンツ姿なんて見慣れてるから今更だけど、そんな堂々と私の目の前で着替えなくても私が帰るの待てばいいのに。



「カー君」


「何?」


「えっと……たとえば加藤さんから告白されたら……カー君は加藤さんと付き合う?」


「は?」



カー君は多分今まで彼女いたことないと思う。


聞いた事もないし。


部活優先だったし、しょっちゅう私の部屋来たり私もカー君の家にお邪魔させてもらってるから、彼女の影は無かったと思う。


いたら気付く。


……でも告白されたこととかは……ないんかな?


カー君はほっぺたをポリポリと掻いた。



「あー……どうなんだろうな。わかんねぇ」


「……そっか」



カー君とは兄弟のように育ってきたけど、もしカー君に彼女が出来たら、その彼女にとって私ってイヤな存在だろうな。


今日の加藤さんみたいに。


何もないってわかってても、女友達でさえも嫌だって言う子もいるらしいし。


幼なじみで一緒にいるってだけで……かくれんぼで一人にされた経験があるから、よくわかる。



「……で、何で加藤は『キス』とか言ったわけ?」


「し……知らない!!カー君は子供だからわかんないんだよ!!」


「はぁ!?何それ!?」


「……」



無視をしたら、カー君は私の後ろ髪をツンと引っ張った。



本気で引っ張られたわけじゃないってわかっているけど、頭皮に刺さるような痛みが不意打ちに来たから、予想以上に痛くてムカッとした。



いつまでもイジメられっ子だと思わないで欲しい。


私だって、たまにはカー君に反撃ぐらいするもん!!



両手を上げてかー君の胸に向かって振り下ろし、ボフッと叩いた。


スポーツマンだったカー君の胸に吹奏楽部の私の張り手なんて、なんてことなかった。


私の反撃が大したものじゃないとわかったカー君はニヤッとして私の両手を掴んだ。



「なんだよ、トーコのくせに俺に歯向かう気か?なぁ?」


「わー、わー!!離してぇ!!」



形成逆転の展開に私は必死にカー君の手から逃れようと暴れるけど全然手がほどけない。



「なんか俺に言うことは?早く降参しろよ」


「う……うぅ〜……」


「なんだよ、受験ストレスか?反抗期?」



完全に余裕を見せるカー君は謝らせようと私の顔を見て、もう一度「何か言うことは?」って子供に言い聞かせるように言ってくる。


それがムカつくから負けを認めたくない。



でも私はふと気付いた。



「あれ……カーくん」


「あ?何?」



カーくんに顔を近付けた。


顔を……というより、アゴを見た。



「カーくん、ヒゲ生えてる」


「はぁっ!?そ……そりゃ生えてるよ」



カーくんはちょっと慌てたような、焦ったような、それでも当たり前みたいことだって感じでもあった。


だから私は驚いた。



「ウソ……ホントに!?」


「お前のお父さんは生えてねぇのかよ」


「生えてるけど……え、じゃあお父さんみたいにカーくんも毎朝剃ってるの?」


「いや、俺は毎日じゃないけど」



お父さんがヒゲを剃っている所を小さい時から見たことあるけど、それを目の前のカーくんもやっているなんて信じられない。


話が完全に反れて、カー君は私から手を離して私に謝らせることを諦めて床に腰を下ろした。



私も追うようにしゃがんで両手を床について、好奇心で体を前のめりにカー君の顔を覗き込んだ。



「……剃る時、痛い?」


「そこまで痛くねぇけど」



カーくんは自分のアゴをなぞって笑った。



「でも時々、失敗して切ったりする」



無邪気な笑顔のカーくんからこんな話を聞くが本当に不思議。


私達はまだ子供なのに、大人のことをしてるってのが変な感じ。


……ひげ。



……不思議。



「あ……でもなんかハズイから、このことぜってぇ誰にも言うなよ!!」


「……カーくん」


「何?」


「私も触ってみてもいい?」


「…………は?」



私が言ったことにカーくんは固まった。


そんなに驚くことを言ったつもりなかったから、私も驚いた。


勝手に触らずに、ちゃんと聞いてみたのに……。



「……ダメ?」


「あー…まー……、……勝手にしろよ」



許可を貰えたので、カーくんの頬を撫でた。


カー君はピクッと一瞬震えたが、そのままジッとしてくれていた。


ゆっくりと頬からアゴへ触れた。



お父さんみたいに濃いわけじゃなくて、想像してた肌質とかとは違った感触だった。


そして私の肌ともまた違った感じ。



一緒に大きくなって、ある程度の変化も気付いていたつもりだったけど……。



アゴから首へ降りて喉仏に触れた。



改めて思った。


カーくんは男の子で、私は女の子……なんだ。



カー君と目が合った。



ドキドキ……した。



「……」


「……おい」


「……え?」


「もう止めろ」


「え……ごめん……怒った?」


「違うけど。……何でもいいから、とりあえず止めろ」



私は急いでカーくんから離れた。



「……やっぱり怒ってる?」


「怒ってねぇよ」


「……でも」


「……怒ってねぇから……もう、触んな」


「……」



おかしな空気が生まれる。


怒っていないってカーくんは言ったけど、この変な空気を作ったのは、私のせいだ。



触っている時にちょっとしたドキドキしたことがバレたのかも。


それがなんとなく嫌だったのかも。


ごめんって謝った方がいいのかな?


でも理由もわかってないのにごめんだけ言うのはダメだよね?



「……」


「……」


「……あのさ、」



カー君は私をジッと見つめた。



「藤子さ…………キス……」


「……え?キス?」



カー君はいつのまにか私の両手首を掴んでいた。



「……してみる?」


「…………え、」


「キス」



頭が真っ白。



お互い黙ったまま見つめあう。



突然……なんで……



「なんで……そんなこと、言うの?」


「んー、なんつーか…………興味?」



……興味。


興味があるか、ないのか。


そう言われたら、私もある……と思う。


カー君は興味があって、たまたま丁度良く試す事ができる私が目の前にいる。


胸の奥が苦しくなった。


まただ。



返す言葉に困ってオロオロと視線を泳がしたけど、カー君にしっかり両手を掴まれたままで逃げることも出来ない。


キス?


カー君と?



ドキドキと戸惑う。


なんで……


……まさか



「え……もしかして……ジョーダン?」


「……」


「……」


「……」


「……かーくん?」


「……うん、ジョーダン」


「な……なんだ、ビックリした」


「……」



だけどカー君は手を離してくれずに笑った私を真剣にジッと見ていた。


だから私は笑うのを止めて、泣きそうになった。



なんで?



「……」


「……」



カー君はいきなり私から離れて笑った。



「そうだよなー!キスもしたことないお子ちゃまトーコに言ってみたのが無駄だった!!」


「な……」


「トーコの顔、マジ笑えた」



ケラケラと笑うカー君にさすがの私もカチンときた。



「……あるもん」


「は?」


「キスしたこと……あるもん」


「いや、何意味不明なこと言ってんの?」


「ある!今、思い出したの!!」


「はい嘘!もうそんなん完全に嘘!」



カー君はゲラゲラと笑う。


カー君に笑われて、ますますムカッとした。



「だから……あるもん!!」



意地になって主張を通した。


でもこれ以上はカー君といると、カー君のペースに飲まれてなんかやっぱり負けそう。


もうノートも受け取ったし、帰ってしまえ。


逃げるが勝ちです。


立ち上がった瞬間、手首をグイッと引っ張られシリモチをついた。



「痛っ、ちょ……危な……」


「……誰?」



すぐ目の前のカー君はすごく真面目な顔で見つめてきた。



すごくすごくカー君の目力が強くて……睨んでる?


急に恐くなった。


どうしよう……


すっごく小さい時にカー君のホッペにチュッとした時の……なんて、今更言い辛い……です。



「は……離して。カー君こわい」


「嘘だよな?」


「……ウソじゃないもん」


「じゃあ誰?俺が知ってるヤツ?」



カー君が知ってる……まぁ本人だし。



私は頷くしかない。


ちっちゃく頷いてカー君から目を反らす。


これで『じゃあいつ?』って聞かれたら、もう王手。


幼稚園です……って。


バレたら結局からかわれてバカにされる。



「……」


「……」



……?


チラッとカー君を見たけど、カー君は何も言ってこない。


手首が……ただ痛い。



突然カー君は「フッ」と鼻で笑い出した。



「へー、トーコなんかにするとか物好き」


「な……“なんか”!?」


「幼馴染の俺からもお礼言ってやろうか?『お子ちゃまなトーコの相手してくれてありがとうございました』って。……で、誰?」



私がどんな言葉を返そうが、どんな反応をしようが、結局カー君は私をバカにしてくるんだ。


そりゃ……私は子供だけど……



「カ……カー君にそこまで言われる……筋合い…無い!!」


「はぁ?なんだよ、今日は。やたら歯向かってくんじゃん」


「それはカー君がイジワルばっかり言うから」


「今更だろ?俺のこの性格なんて……ガキの時からじゃん。お前が一番わかってんだろ?」


「もうヤダ!!カー君のイジワルなんかヤダ!!」


「あぁ?」


「でも……もう……いいよ!!ど……どうせ、高校からは一緒じゃ……なくなるもん!!」



あ……


自分で言っておいて、ズキッとする。


もう、カー君とは、どうせ……もう一緒にはいられない。


すっごい現実感。


手首に掴まれていた痛みが突然、解放された。



「……お前が違う学校選んだんだろ?」


「え……」



カー君の声のトーンが落ちたらハッとした。



「お前は俺と離れたくてさっさと高校選んだもんな。わざわざ女子校にしてさ」


「そ……それは関係ないよ」



違う……私が高校選んだ理由は……言い訳の間もなくカー君にデコピンされた。



「せーせーする!!」



そう言って笑っているカー君に私は何も言えなかった。


だって、確かに私はカー君に勉強見てもらってて、しかも私がいるせいで……多分彼女もなかなか出来ない。


“せーせー”するって言われて当たり前。



私はヒリヒリするおでこを擦りながら涙を堪えた。



「……こ……こっち……だって」



それだけ言うのが私の精一杯だった。



「……トーコ知ってっか?」


「何?」



カー君の両手が私の顔を取って引き寄せた。



「チョコ中毒は欲求不満の証拠なんだぜ?」



ビックリして、ドキッとして、グッと苦しくなった。



私の気持ちとか知ったこっちゃないって感じで、カー君は口を片方だけ上げてイジワルな笑顔を作った。



「ヨッキューフマン!」



気付けば……



見事に大きな音で、平手打ちをしてしまった。


私は逃げるためにすぐさま立ち上がった。



「か……カー君のスケベ!!もう知らない!!もう来ない!!」



ついでにノートも投げつけてしまったから、結局私は何しにカー君の家に来たのやら……意味も無くなってしまった。

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チョコレート中毒には理由[ワケ]がある 駿心(はやし こころ) @884kokoro

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