ビターだけじゃない
幼なじみはビターだけじゃない
◇◇◇
「トーコ、お前デブるぞ」
今日の分の夜の勉強が終わったからコンビニまで出掛けたら、カー君が何故か着いてきた。
チョコアイスを取る私に向かって、カー君がニヤニヤして、やっぱりそういう意地の悪いことを言う。
「だってカー君がこの前勝手に私のチョコ食べたから……」
「つーかこの冬にアイスって強者じゃね?デブだから寒さ感じねぇの?」
「カー君が言うほどそんなに太ってないもん……多分。……そんなこと言うなら私に着いてこないでそのまま家に帰ったら良かったじゃない」
「へぇ?カテキョーに向かってそんなこと言っちゃう!?」
「……うぅ、ごめん」
「俺、財布持ってこなかったけど、唐揚げ食いたい。なぁトーコ買って!!」
「え……えぇ!?私だってお小遣いそんなに……」
「なぁ~トーコぉ。買って~」
カー君は私よりも頭一つ以上大きいくせに子供みたい駄々をこねてくる。
後ろから覆い被さるように体重を掛けてくるから「ぐわぁ」と私は思わず呻いた。
「じゃあ……私が買うチョコ、半分する?」
「え~……チョコ~?」
「……この前、私のチョコ勝手にモグモグしてたくせに」
「トーコはチョコ好きだよな」
「うん!!大好き!!」
「……」
「……え?なんで無視?」
「……唐揚げ買って、半分しようぜ?」
「私のお金なのに……」
「チョコは太るぞ?」
「勉強頑張ってるから糖分補給です!」
「でも過剰のカロリー高い糖分摂取は急に血糖値下がって逆に集中力が切れるんだぞ。結局」
「へ?」
「ただ甘いもんだけ食っただけで勉強はかどるとか思ってたら間違いだっちゅーの!!」
「な……」
「つーわけで唐揚げだ!!」
「か……カラアゲだってカロリーの塊なのに!?」
カー君が勝手にレジにあるカラアゲコーナーへ行こうとするから背中の服を慌てて引っ張った。
「ウンチクで誤魔化さないでよ!!」
「いやいや、嘘言ってねぇし。チョコばっか食ってるとニキビも出るぞ、デブ」
「じゃあどうしたらいいの?」
「さぁ?米でも食ったら?」
「はい?」
「唐揚げ~唐揚げ~」
「か……カラアゲだって太るよ!!」
私の必死の訴えもカー君はゲラゲラと笑う。
私がむくれているとほっぺたを引っ張られた。
雑学なんかを私に聞かせてバカにして……。
「知らない!!もうチョコ買う!!カー君にもあげない!!」
「お……おい、トーコ?」
入り口の自動ドアがメロディを流しながら開いた。
「あれ!!夏月じゃん!!」
「ホントだ!!こんな遅くに何してんの?」
同じ中学の男子女子がグループで入ってきた。
制服のままだから塾帰りかな?
カー君はパッと私から離れてそのメンバーの元へ行った。
「ハハハ。おめぇらこそ、こんな夜遅くに何寄り道してんだよ」
「何よ、ウチらさっきまで塾行っててちゃんと勉強してたし!!」
「なぁ俺財布持ってないんだよね。なんか奢ってよ」
「アハハ、夏月は何しに来たんだよ!!」
入り口に固まる雑談から隠れるように私はチョコクッキーを選んでレジに並んだ。
私、いつから学校ではカー君とあんまり一緒にいなくなったのかな。
すると一人の女の子……加藤さんがチラッと私を見て、気付いた。
「あれ、菊池さんじゃない?」
「あ、ホントだ」
私は聞こえないフリをして会計を済まそうとする。
「あー、夏月。菊池さんと一緒に来たんか」
矢上くんがカー君にそう聞いてもカー君は「あー……まぁ……」と曖昧な返事だけした。
「前から聞きたかったんだけど……」
加藤さんの声がした。
「二人って付き合ってる?」
へ!?
ビックリして無視していたはずの集団を見てしまった。
カー君の背中しか見えなかった。
ドキッとした。
近くにいすぎて……背中を見ることなんてあんまりなかったような。
背…こんなに大きかったっけ?
「……別に付き合ってねぇよ」
カー君の答えにもう一度ハッとした。
急いでおつりとチョコクッキーを貰って私はコンビニに出た。
「あ……おい……トーコ待て、……じゃあな!!みんな」
カー君はすぐに追いかけてきた。
「おい」
「……」
「なぁおい!!デブ藤子!!」
「……デブじゃないもん!」
「何勝手に出てんだ……って、あー!!唐揚げじゃねぇし!!チョコアイスですらねぇ!!」
早歩きで家に帰ろうとしてる私と違ってかー君は余裕の歩幅で追いついてくる。
「何?何か怒ってる?」
「怒ってないよ……でも…一緒に帰ったら…その…また『付き合ってる』って勘違いされるよ?」
……あ、思い出した。
小6の時にも『付き合ってるの?』って誰かにからかわれて……それで、それから中学の時から学校であんまり話さないようになったんだ……。
学校であんまり関わってなかったんだから、これから中学卒業して学校が違っても……あんまり変わらないよね?
……そう思うのに、なんか……ズキズキする。
きっとどんどん『あれ?』ってことが増えていって、きっとどんどん離れていって……
カー君は私の肩を叩いた。
「何だよ!!ちゃんと違うっつったんだからいいだろ?そんなに嫌がるなよな」
「嫌がってるのはカー君の方じゃない。コンビニで皆が来たら急に離れて、私と一緒にいたの見られるの避けたり」
「別にそんなつもりじゃねぇよ。大体お前だって……」
「……私?」
キョトンとカー君を見上げたら何故かカー君はプイッと無視をした。
「……カー君」
「……んー」
「……クッキー食べる?」
「……おぉ!!」
すぐケンカするけど、すぐ元通りになるのもいつもの私達。
「あ~ぁ、結局チョコかよ」
「じゃあいらない?」
「食べる」
カー君と分けると思ったから、アイスじゃなくて一緒に食べやすいクッキーに変えたんだから。
「トーコはチョコ中毒だな、もはや」
いつものカー君の笑顔。
その笑顔を見て、もうひとつ思い出した。
小学生の時、友達とかくれんぼをして取り残されたことがある。
友達同士でいつの間にか打ち合わせをしたのか、鬼も隠れる側も私にはナイショで勝手に解散していたのだ。
今思えばあの時からかーくんのコトが好きだって女の子達が私の存在を面白くなく感じていたんだと思う。
鈍感な私は気付かず、ただかくれんぼの遊びに徹して身をひそめていた。
コンクリートで出来た象型オブジェの滑り台。
中に空洞があって、身を丸くして、座っているお尻は地面でヒヤリと冷やした。
夕日が落ちて暗くなり始めた頃、さすがにおかしいと思ったけど動けなかった。
誰もいないのを確認して自分が一人はめられたんだと認めて一人で家に帰ることの方がミジメで恐ろしかったのだ。
恐ろしいほど悲しい。
真っ暗になった時にはいつもの公園の景色もすっかり知らないものになって、もう恐くて仕方なかった。
こんな夜に一人で公園にいることなんて今までにない経験。
悲しみと恐怖で脳内を占められた子供の発想で、もう家に帰れないかもしれない……そこまで考えていた。
行過ぎた想像に一人震えた。
そんなことなら友達にはめられたんだって早く認めた方が良かったかもしれないと思ったところで遅かった。
恐い……暗い……恐い。
『トーコ!!』
突如照らされた光。
懐中電灯と気付く前に体を抱きしめられた。
『トーコ!!見つけた!!』
あの時のカー君の笑顔を私は今でも覚えている。
◇◇◇◇
「藤子、あなたまたコンビニに行ったの?夜も遅いのに」
「大丈夫だよ。近所だし」
「そういう問題じゃなくて、もう女の子って自覚を持ちなさい。最近ここらへんで痴漢が出没してるみたいなのよ」
「え……」
「一人で夜ウロウロしちゃダメよ」
「……一人じゃなくて、カー君も一緒だった」
「あら、夏月くんも一緒だったの?良かった。でもだからって危ない事には変わりないし、もう夜は出歩かないこと。わかった?」
「……カー君ってチカンのこと知ってたんかな?」
「え…知ってるわよ。だってその話、夏月くんのお母さんから聞いたもの」
「……」
学校で避けちゃう私だけど、カー君の優しさは知ってる。
学校の誰かが来たら離れちゃうカー君だけど、高校生になっても一緒にコンビニまで着いてきてくれるかな。
……でも卒業して学校変わったら、きっともう一緒にはいられないかな。
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