3話

 森が騒がしいと異変に気付いた庭師が執事に報告し、父が確認しに行ったところホコラは見るも無惨に破壊されていたらしい。更には周囲の草花までもが剣でなぎ払ったように切り刻まれ、全ての花が散り落ちて芝生も踏みにじられていたと父が頭を抱える。



 悪い事は大体にして立て続けに起こるものだ。その日の夜、早速悪役令嬢としての最大の試練が幕を開けた。つまり「婚約破棄と断罪」である。


 王太子ヨハムとマリアは数カ月先の卒業パーティーを待てず、親しくしている貴族をこの屋敷へ招き、スフィアに婚約破棄を告げるという暴挙に打って出たのだ。


 おそらく王太子は自分の両親である国王と王妃がスフィアとの婚約破棄に反対することは理解していたのだろう。城でこのような馬鹿げた発表を行うなど、計画した時点で侍従長が止めるだろうし、王だって黙ってはいない。しかし公爵家で行われる内々の夜会ならば、邪魔が入ることはない。既成事実を作ってしまえばこっちのもの、という浅はかな考えで行動したのだろう。


 夜会用のドレスに着替える間も与えられず、スフィアはマリアの取り巻き達の手で公爵家の広間に文字通り引きずり出された。


「……殿下、一体どういう事かご説明いただけますか?」


 不敬に値するかもしれないが、婚約者であった事を考慮すればこのくらいの質問はかまわないだろう。


「簡単な事だスフィア。君はマリアの出自を理由に酷く貶める言動をしていたそうじゃないか! 彼女と彼女の母上の身の上を思いやることのできない非情な女が、我が妃になるなど考えられない。ここで私の名において、スフィアとの婚約を破棄する!」


(これが政治的な結婚でなければ、思いやり大事よねーってなるけれど。きれい事じゃ済まないのが分からないのかな……分からないんだろうな)


 ヨハムの隣でマリアがくすんくすんと嘘泣きを始める。すると二人の傍に控えていた騎士団長の息子や宰相の息子、などなど名の知れた貴族の息子ども十名近くがマリアを慰める言葉をかける。勿論王太子もマリアの肩を優しく抱き、自分がマリアの夫なのだと分かりやすいマウントを取る。


「えっと……結婚に当たってのマリアの出自に関しては、殿下の方でどうにかしてください。婚約破棄は承諾します」

「え?」


 あっさり婚約破棄を受け入れたので、マリアとヨハムそして取り巻き達は同時に間抜けな声を上げた。しかしマリアはめげない。さすがだ。


「お姉様、そうやって聞き分けの良いふりをして罪から逃れるつもりね! でもお姉様は罪から逃げられないわ。死罪になるのよ! 罪状は偽の聖女を名乗ろうとしたことですわ。これが本当の聖女の証です」


 マリアが大きく開いたドレスの胸元に手を当てる。その胸には紫水晶の首飾りが輝いていた。聖女にはそれぞれ、教会から聖なる力を制御する宝石が授与される。それらは教会の宝物庫に保管されており、公爵家でも手に入れられない素晴らしい品々とだけ聞き知っていた。


「マリアの大切な宝石を隠すなど言語道断! 聖女であるマリアは――」

「それはどこで手に入れたのです? そのような立派な首飾りは、我が家にはないはずですが」


 不敬とかとりあえず頭からすっぽ抜けたので、ヨハムの言葉を遮って問う。


「まあ白々しい。お姉様が私から取り上げて、森のホコラに隠したのでしょう?」

「じゃあ祠を壊したのはあなたなのマリア」

「そうよここに集った方々と、お母様もお手伝いしてくれたわ」


 マリアと王太子、取り巻きの騎士達が得意げに頷く。

 いや、人の家の物を勝手に壊しておいて、その態度はないだろう。


「あの祠の中に、その首飾りがあったのね?」

「そうよ!」

「本当に?」


 確か父は祠の中には何もないと言っていたはずだ。


「私が嘘を言っているとでも? ああヨハム、お姉様はいつも私の言葉を信じてくださらないのよ酷いでしょう」

「無礼だぞスフィア。我が妻に無礼を詫びよ! マリアは次期王妃であり、聖女なんだぞ!」


 確かに聖女であれば、庶民の出であるマリアが妃となるハードルはなくなる。おそらくマリアは、その仕組みをどこからか聞き自分を聖女だと王太子に偽ったのだ。


(取り巻きに司教の子息がいるから、聖女情報を吹き込んだのはあの人ね。元から王子の腰巾着だったし、さしずめ二人からの覚えを良くして、結婚後もマリアの男妾として認めてもらうつもり……って所かしら)


 ただ聖女となるには、教会の承認が必要となるし大司教や王の前で奇跡を起こさなくてはならない。様々な疑問がスフィアの頭を駆け巡り、最終的に嫌な結論にぶち当たる。


(マリアは誰かから祠の存在を聞いて、「聖女になりたい」とお願いをしたのかもしれない。そして祠は、マリアの願いを聞き入れた……でもどうして? その対価はどうしたの?)


 ぎゃあぎゃあとスフィアを責め立てる王太子など、この際どうでもいい。というか、今必要なのは、どうやって怪異から逃れるかの正解を導き出す事だ。しかし悲しいかな、前世の自分はオカルト好きでも単なるライトな読み専。お経も呪文も唱えられない。


(お札、は教会にあるかしら? いえ、そもそも祠を壊した場合って、どうするのが正解なの? 中が神様なら謝ったら許してくれる場合もあるみたいだけど、マリアが持ってる首飾りがご神体なら……マリアは許されたってこと?)


 一人混乱するスフィアを死刑の宣告に怯え錯乱したと勘違いしたのか、マリアが嗤い出す。


「聖女の証である首飾りを盗み、自分のものにしようとした言い逃れできませんわよお姉様! 騎士の方々、お姉様を捕らえてくださいな」


 高らかに宣言すると同時に、屋敷の外に控えていたのか王国騎士団が邸内になだれ込んできた。

 が、何故か彼らはマリアとヨハム達を取り囲み、有無を言わせず何処かへと連れ去ってしまう。

 訳が分からずぽかんとしていると、青ざめた父と共に国王と騎士団長、大司教が入ってくる。


「遅くなってすまない。無事かスフィア」

「ええ……」


 無事は無事だが、一体何がどうなっているのかさっぱりだ。国王も司教もスフィアの様子ばかり気にしており、王太子からの婚約破棄以外は何ごともなかったと伝えれば、ほっとした様子で笑顔まで見せる。


「こちらのことは気にせず、今夜は休むがよい。婚約破棄の件は、暫し保留でかまわないかな?」

「いえ、殿下にはもう了承したことをお伝えしました。私としては、公爵家の跡取りとして陛下に認めていただければ、他に何も望みません」

「それはこれからもホコラを守るという意味と理解してよいな? イヌール公爵令嬢」

「はい」


 深く頭を下げると、王の手が肩に置かれる。


「なんと頼もしい。私の息子には勿体ない令嬢だ。公爵、よき子に恵まれたな」

「ありがとうございます」

「息子達の処遇は、教会に一任する。公爵家には非がないと正式に文書で通達も出す。お前達は暫くは静養するがいい」


 つまりは騒動が落ちつくまで屋敷に籠もっていろということだ。少なくとも廃嫡なんて最悪の事態にはならないと分かり、スフィアも内心ほっとする。


 パーティーに呼ばれた貴族の面々も、事情聴取のため全員が騎士達の手で教会へと連行された。静かになった広間で呆然としていると、執事がスフィアに近づき公爵の部屋へ行くよう告げる。


「こちらは私どもが片付けますので、旦那様からお話をお聞きください」


 多分、というか、確実に「祠破壊」の最終エピソードの導入部に違いない。オカルトを読むのは好きだけど、巻き込まれるなんてまっぴらご免だが逃げたとして怪異から逃げ切れる保証なんてない。


(お父様がなにかヒントをくださるのかしら。まあ、そうでないと私も詰むわよね)


 足取りも重く父の部屋に向かい、扉をノックする。


「お父様、スフィアです」

「入りなさい」

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