【短編】幼馴染をNTRれたと語る後輩が、かわいそうではあるけど、多分NTRれたわけじゃない話

八木耳木兎(やぎ みみずく)

【短編】幼馴染をNTRれたと語る後輩が、かわいそうではあるけど、多分NTRれたわけじゃない話






「彼女……寝取られたことがあるんです、俺」

「…………………………………………そっか」





 深夜二時四十二分、森川もりかわいつきは私―――女子大生・小林こばやしの自室でそれだけ言った。

 シャワーを上がってからしばらくスマホをいじっていた私も、それだけ返した。

 二人が共に夜を過ごした後の、初めての会話だった。





 大学のバイクサークルの先輩後輩であり、趣味仲間でしかなかったはずの私達は、今夜、突然男女の関係になった。



 

 運命の分岐点はどこだったのだろう。

 一週間前にサークルの飲み会でひどく落ち込んでいた彼に話しかけて、一年前に兄が死んだことを告げられた時だろうか。

 サークルでの例会からの帰り、いつも通り居酒屋で日付が変わるまでバイクで行きたい場所のことを語りあかして、アパートへ帰ろうとする私に「送ります」と彼が言った時だろうか。

 自室の玄関ドア前で別れを告げようとする私が、無自覚にもどかしそうな、未練がましそうな顔をしていた時だろうか。

 何かのたががはずれたように、急に玄関に押し入って私に口づけを交わしてくる彼を、私が何の抵抗もせずに両手で抱きしめた時だろうか。 




 シャワーから出て来てバスローブ姿でソファに腰かけた私は、数十分間彼と何の会話も交わせず、スマホをいじるしかなかった。

 無理もない。

 気まずいに決まっている。

 彼氏彼女ですらなかったはずの、同じサークルの同じ友達という意識しかなかった二人が、突然急に激しく意識し合ったのだから。




 ……いや、この際観念しよう。

 友達と思おうとしていただけだ。

 心のどこかでは、私を意識している彼と、彼を意識している自分自身に気づいていた。

 私たち二人ともが、たがいに自分の気持ちから逃げていたのだ。

 さっきまでの気まずい状況は、ありのままの思いから逃げ続けた報いにすぎない。





 気まずい空気を払うように、ベッドに腰かける彼が最初に語ったのは、自分の過去だった。

 でも、その一言だけで、何だか彼の色々な背景が垣間見られた気がした。

 女にモテるのに、一人でバイクに乗るのが好きなこと。

 基本サークルでは明るいのに、時々ものすごく暗い表情をすること。

 今の今まで正直に、私に好き、と言えなかったこと。




「高校二年の頃だったんですけど……」

「あの、辛かったら話さなくてもいいと思う」




 今の彼のアイデンティティ、その根幹をなす出来事を吐露してくれたことは、嬉しくもあった。

 ただ、余りにも辛い出来事だったのを察して、話し続けようとする彼を私は止めようとした。


 



「いえ、話します」

「そんな、無理に話すこと」

「先輩が好きだ」





 不意打ちの一言だった。

 それを言われて、私はどういう表情をしていたのだろう。

 鏡越しに少し見えた自分の顔が赤くなっていたのは、シャワーを浴びた後で火照ってるからでは絶対にないだろう。




「ごめんなさい、今になってこんなこと言っちゃって……完全に順序逆ですよね。でも好きな人には、自分のことを知って欲しい。だから、先輩には、自分のことをできるだけ話しておきたいんです……特に、兄貴が死んだ以上に、辛かったこととか」

 真摯な瞳で見つめてくる彼に、私は何も言い返せなかった。

 年下の男は、こういうとき卑怯だ。

 私は、観念したように頷いてこう言った。





「……わかった、聞くよ。私も、好きな人のことをもっと知りたい」

「先輩っ……」





 涙ぐみそうになる彼に、「何も話してないうちからへたるんじゃないの」と冗談交じりに言って、私は続きを促した。

 



「それはあまりにも、突然の出来事でした……」

 それでも緊張が解けなかったらしく、彼は淡々と、あくまで淡々と語り始めた。






◆   ◆   ◆






「なん、だよ……これ」

『イエーイ、森川君見てる~~?? 今キミの彼女、俺の横で寝てまーす!!!』





 ある日引っ越したばかりの自宅に、差出人不明のUSBメモリに保存されていた動画ファイルが届きました。

 それを見た俺は、ただただ呆然とするしかありませんでした。




 彼女は幼稚園の頃からの幼馴染で、兄妹みたいに仲が良かったんです。

 中学に入ってから異性として意識し合った結果、付き合うことにもなりました。




 高校に入ってすぐに、一緒に自動二輪の免許を取ったこともありました。

 夏休みには、一緒にツーリングして、日本中を回ろうって話し合ったこともありました。




 でも高二のあの日、あの動画を見た時、そんな俺たちの関係は全て打ち砕かれました。

 部活の合宿へ行くからと数日会ってなかった彼女が、その動画の中で体育会系の先輩たちと一緒の部屋のベッドで寝てたからんです。

 彼女の他に映っていたのは部活の先輩、納谷先輩と、俺の同期の天本と潮の姿でした。




『ちょっ……先輩……ここ、どこなんですか!?』

『おい天本ォ! 潮ォ!! そいつのことしっかり縛り付けとけよォ!?!?』

『私を自由にしてください、先輩!!』

『うっせェぞ、黙ってろォ!!』




 ベッドのような場所に縛り付けられて羽交い絞めにされた、彼女の姿がそこにありました。

 必死に抵抗する彼女を、鞭のようなもので取り巻きの潮が黙らせていました。




『もう手遅れでーす!! 既に体は、俺たち好みの肉体になってまーす!!! つまりもうお前の幼馴染の体じゃねェってことだなァ!!! ギャハハハハハ!!!!!』



 その時の納谷先輩の不快な笑い声は、忘れようったって忘れられません。

 まるで長年狙っていた彼女を、ようやく自分のものにできたかのようでした。



『よーし、風を起こしてやれェ、天本』


 その言葉で、取り巻きの天本が何かのスイッチに手を入れました。

 その部屋の中で風が巻き起こり、同時に彼女のお腹に付けられた風車のようなものが、勢いよく回っているのが微かに見えました。



『実験として、今からこの娘に600万ボルトの電流を流してやるぜェ!!!』

『並の人間の体だと即死、体も一瞬で黒焦げになる……だが、今の風力によってパワーを得た彼女ならば……』



 奇妙にニヤケながら語っていた天本の隣で、潮が別のスイッチを押していました。



 その時何が起こっていたかは、よくわかっていません。

 でも、ビカァッ!!! という電流と共に、彼女の痛烈な悲鳴だけが、鮮明に記憶に残っていました。



『実験成功だなァ!!! ギャハハハハハハ!!!!!』

『ご、ごめんね、ジロウ君……』



 微かに彼女の口からそう聞こえた気がしましたが、その前後の記憶はもう曖昧です。



「う…………うわああああああ!!!!!!!!!!!」

 ただそう叫んだことしか、覚えてません。




 翌朝目覚めたら、部屋で自分のPCが無惨に砕け散ってました。




 よっぽど感情的になったんだと思いましたが、今思えば無理もないことでした。

 彼女の身体が、俺の知っている幼馴染のものではなく、完全に納谷先輩好みの身体に変わってしまっていたことを、無惨にも思い知らされたんですから……

 




◆    ◆    ◆





「…………ありがとう、話してくれて」

「いいんです、却って落ち着きました」




……






…………







……………………








 ……寝取られたわけじゃなくない……?







 

 いや、確かに彼のよく知る彼女ではなくなってるけど。

 寝取られてそうなったわけじゃなくないそれ?

 性行為があったわけじゃなくない? 




 だって600万ボルトの電流流したんでしょ?

 それで彼女即死じゃなくて生きてたんでしょ?

 絶対ただ寝取られたわけじゃなくない?

 あと多分彼女が寝てたのベッドじゃなくて手術台とかじゃない?





「……キミ、その後彼女とは会ったの?」

「……一回会いましたね。兄貴が死んだ時に」

「あっそうだったんだ……思い出させた? ごめんね」

「いえ、いいんです。ただ、その前後で変なことがあって……」



 ふと、思い出したようにつぶやく彼。

 幼い頃から慕っていたお兄さんの死にまつわる話なので、聞かないでおこうと思ったが、彼は語ってくれた。



「そう、丁度兄貴と再会した時に……」





◆   ◆   ◆





「い……いつき? 樹だよな、お前!!! 俺だ!!! きよしだ!!!」

「兄貴!? 兄貴じゃないか!!! 無事だったんだね!!!!」



 夜の人だかりの少ない廃工場近くで、兄貴の姿を見た時は、信じられないくらいうれしかったです。

 彼女を寝取られた痛みも、それでようやく癒せる気がしました。



 どう説明していいかわからなかったから先輩には言いませんでしたけど、

実は兄貴は死ぬ直前の二年間ほど行方不明だったからです。



 でも再会の喜びを味わう暇もなく、俺たちは悲劇に見舞われました。



 再会できた兄貴に飛びつこうと思っていた、その時でした。

 どこからともなく、上から吊るされた蜘蛛の糸のようなものが、俺を襲ってきたんです。

 何が何だかわからなかったし、糸で首を絞めつけられたことでほぼ失神してたので、その前後何があったかは覚えていません。




 ただぼんやりと憶えているのは、黒づくめの男たちと共に現れた蜘蛛型の怪物。

 そしてその場に表れた、もう一体の怪物。

 仮面を被った、バッタみたいな形をした怪物の姿だったんです。



 その時の記憶が確かなら、そのバッタのような怪物は、アニキを追っていたらしい黒づくめの男たちを、次々と殴り倒していたような気がしました。



 そしてその怪物は、いきなりジャンプして宙を舞ったかと思うと、とんでもないパワーのキック力で、蜘蛛の怪物を粉々にしたんです。




 今思っても奇妙な光景だし、夢でも見てたのかもしれません。

 ただ意識が戻った時に視界に映っていたもの。

 それはこと切れた兄貴の身体が、泡状になって溶けていく光景と。

 その場にいた、俺を裏切った幼馴染の彼女の姿でした。




 彼女が振り返って俺に気づいた時、俺は持てる怒りを全てぶつけて、あいつに怒鳴り散らしていたような気がします。



「こっちに来るな!!! 今更なんなんだよ!!!!!」

「ま、待ってイツキ君!! 話をさせて!!!」

「話をさせて!? 今になってよりを戻そうと言われても、もう遅いんだよ!!! おまけに兄貴のことまで殺しやがって!!!」

「ち、違うの……私はあの日、先輩になびいたわけじゃないし、あなたのお兄さんは……!!」

「言い訳なんか聞きたくねぇよ!!! 絶対お前のこと許さないからな、覚えてろ!!!!!」





◆   ◆   ◆





「あいつは違うだの、私が殺したんじゃないだの、グチグチ言い逃れをしてましたけど、俺はこの目ではっきり見たんだ。あいつの目の前で、兄貴が泡となって溶けていくのを」






 ……





 守ってくれてない……?






「あの時は気絶した直後だし、ショックで逃げることしかできなかったけど、いつかあいつの居場所を突き止めて、兄貴の仇をとってやるつもりです」







 守った人を兄貴の仇呼ばわりしてない……!?!?






 すっごい切ない勘違い、二人の間で起きてない……???

 






 と、私が彼との悲しきすれ違いに想いを馳せていた、その時だった。






 ピンポーン!!





「あれ、こんな時間に誰だろ」

 もう深夜なのにぶっちゃけ近所迷惑だな、と思いながらソファから立ちあがり、私は玄関のドアを開けた。




「あれ、お隣の方ですよね。何かご用―――」




 言いかけて、口を抑えた。

 彼女の顔は歪な痣だらけで、口からは不気味に巨大化した犬歯――牙とでもいうべきものが生えていたからだ。

 



「あ、危ない森川君、早くにげ―――!?」





 またしても、言いかけて口を押さえる。

 いつの間にか森川の顔も、痣だらけで牙が生えていたからだ。

 そして、そんな彼の肩を摑んでいた奇妙な人影が、暗がりから這い出るように出てきた。





『クックック……既にこのアパートの住人たちは、既に我々のビールスウイルスの手に罹っている……あとは、お前だけだ、女』

 蝙蝠の形をした、怪物だった。










◆   6時間後   ◆







 イツキ君の先輩―――小林昭乃さんのマンションの入り口から出ようとする彼が口にしたのは、別れの言葉ではなかった。




「実はさっき、夢に出て来たんです。イツキが」

「そう」




 否定も肯定もせずに、続きを促す昭乃さん。




「情けないっすよね。裏切った女に、未練タラタラみたいで。ただ、夢の中にいた彼女に……」




 言うか言わないかの逡巡を数秒繰り返した後、彼は言った。




「【キミのことは、私が守る】……って、言われた気がしたんです」

「……そう」




 その言葉を口にしたイツキ君は、少しだけ私と仲がよかった幼い頃に戻っていたように見えた。




「正直、不愉快なんですけどね。お前に守られなくったって、俺は自分で自分の人生を生きてやる! って思ってますし」

「……彼女の住所は知ってるのよね。一度行ってみたら?」

「いずれ行くつもりですけど、俺自身が、まだ気持ちの整理がついてないですから」

「会って気持ちを直接ぶつけるのも手だと思うけど」

「それが……彼女の両親も、今のあいつの居場所は知らないそうなんです。先輩と駆け落ちしたらしくって、二人とも途方に暮れてました」

「そうなんだ……」

「………………………………ま、それはそれとして!」




 気持ちを切り替えるように、イツキ君は急に明るい言葉で言った。




「今日は休みですし、二人乗りタンデムでどっか遠くまで行きましょうよ! ちょっと俺、バイクとってきます!!!」

「うん、ありがと」






 そう言って立ち去る彼の姿を、手を振って見送る昭乃さん。

 アパートから最寄りバイク用駐輪場までは徒歩で二十分ほどかかるため、その間この場は昭乃さんとの二人だけだ。






「…………行ったわよ。出てきたら?」





 

 昭乃さんにそう促された私―――イツキ君の元カノ・ヒロミは、言われたとおりに死角となっていたマンションの柱の影から出てきた。

 彼女とは今日が初対面だし、同じ男子の元カノと今カノなのでなんだか話しづらくなると思ったけれど。

 私が蝙蝠の怪物を倒した後、怪物の羽の内部にあった血清を使ってイツキ君やアパートの住人たちの体のビールスウイルスを死滅させた時、彼女は協力してくれたので、その場は思ったよりは気まずくなかった。




「……いいの? 彼に本当のこと言わなくて」

「信じてくれないですよ……彼にとって、私は裏切り女だから」

「彼、根は真面目だから真相を知ったら謝って仲直りしてくれると思うけど」

「仮に仲直りしたところで、こんな姿の幼馴染がいたら結局彼が損をしますから。組織にも狙われちゃう」




 私はそれとなくそう伝えたし、昭乃さんも目線だけでわかった、と伝えてくれた。

 はよく子供っぽいと言われた私だけど、なぜ昨晩彼女の自宅にイツキ君がいたか、ということぐらいは理解できた。




「よかったです、今のイツキ君に、昭乃さんみたいな素敵な人ができて……」

「……はぁ、あなたにそんな風に言われると、女としてはプライドを傷つけられた気分ね。譲られたみたいで」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「言われなくたって、私が彼のことを幸せにするわよ」




 さっきまでの気だるげな口調が嘘のような凛とした口調で、昭乃さんは私に言った。




「貴方に頼まれたからじゃない。私が彼を愛してるから」




 最早日陰の中でしか生きられない私とは違う、朝焼けの光のように輝く意思を、そう語る彼女に感じた。




「じゃあ……彼のこと、頼みます」

「ちょっと待って」

「……?」




 立ち去ろうとする私を、しかし昭乃さんは呼び止めた。

 やり残したことがある、とばかりに、私と手と手が触れ合う距離にまで歩み寄る。



「これ、あげる」



 首に巻いていた赤いマフラーをほどき、肌寒かった私の首筋に巻いてくれた。



「私には似合わないし、これからもっと寒くなるし。何より、そのマフラーで、あの怪物に人間的な部分が残ってるって彼も思ってくれるかも」



 そのマフラーの温かさと、彼女のその言葉に、私の中で感情が渦巻いた。

 さっき蝙蝠の怪物と戦った時、彼女はすんでのところでビールスウイルスの餌食にならずに済んだ。

 つまりバッタの怪物が私の変身した姿だというイツキ君も知らない事実を、昭乃さんは知っている。




「で、でも昭乃さんに、そこまでされる義理が……」

「だって寝取られたわけでも、彼を裏切ったわけでもないじゃないあなた。それに、あなた口では拒絶してても、本当に彼に未練が無いようには見えない。今は私が彼のことを寝取っちゃったけど、未練があるなら私から寝取り返すことも考えてみたら?」




 昭乃さんの言葉に、私は戸惑った。

 寝取り返す? よりを戻すってこと? 私が? 彼と?

(それができたら、幸せだろうな…………だけど…………)

 仮初の高揚感の後に押し寄せてきたのは、どす黒い不安だった。

 彼に前のように拒絶される不安。そして彼自身が、巻き込まれる不安。




「女としては、譲られるより真剣勝負の方がすっきりするしね」

「か…………考えておきます」



 私の考えを知ってか知らずか、何か背中を叩くような言葉をかけてきた昭乃さんに、私は曖昧な返事を返すしかなかった。



「じゃあ、もう来るだろうから、彼。歩いて落ち合うわ。じゃあね」



 そう言って、自分から私のもとを去っていく昭乃さん。

 彼女の後ろ姿に、私は無言でお辞儀をしていた。




「イツキ君、大切な人、見つかったみたいだね……」




 彼女と一緒なら、きっとイツキ君も幸せになれる。

 先程の数時間しか面識はないけど、それだけ昭乃さんは優しい人だ。

 そう、私みたいな人間にとっては、逆に痛いくらいに。




「たとえ彼への誤解が解けたとしても…………私の体はこのままだもんな……」





 そう独りごちつつ、昭乃さんの巻いてくれたマフラーと、もはや常人のそれではなくなった両手を交互に見やった。





 脳以外の全身を改造された後、私は脳をも改造され、心も体も納谷先輩率いる組織の一員となる筈だった。




 しかし、彼の兄―――長年行方不明だった生物学研究の若手の期待の星と言われた天才科学者・キヨシさんが、脳改造手術開始直前に、私を助け出してくれたのだ。




 九死に一生を得た気分だったし、キヨシさんには感謝してもしきれなかった。

 だからこそ、彼が私を納谷先輩に推薦した張本人だったと知った時のショックは計り知れなかった。




 だが、ショックを言葉にする暇もなかった。

 弟のイツキ君に会いに行こうとした彼は、道中で組織の裏切り者として追われた結果、蜘蛛型の改造人間に毒矢を射られたからだ。

 それも、私の幼馴染であり、元恋人のイツキ君の目の前で。 




 組織に狙われないように隠れ家にこもっていろ、というキヨシさんの言葉を反対もせず受け入れ、彼を一人にしてしまった私にも今思えば問題があった。

 だがその夜、遅れてその場に来た私は怒りのあまり、改造人間の同胞であるということも忘れて、変身によって特化された身体能力を駆使し、飛び蹴りで蜘蛛型の改造人間を粉々にした。

 キヨシさんの仇を取るために。

 そして、同じく捕えられていた、大切な幼馴染のイツキ君を守るために。




 粉々になった蜘蛛の怪物の残骸を確認した後、私はキヨシさんに駆け寄った。

 だが、時にすでに遅しだった。

 彼を抱えた私の両腕の中で、矢の毒が全身に回った彼の身体は泡となって消滅していった。

 そして、悲劇はそれだけでは終わらなかった。

 そんな彼の死とそれを前にした私を、後ろからイツキ君が見つめていたのだ。




「満足かよ、ヒロミ……」

「ち、違う……」

「こっちに来るな!!! 今更なんなんだよ!!!!!」

「ま、待ってイツキ君!! 話をさせて!!!」

「話をさせて!? 今になってよりを戻そうと言われても、もう遅いんだよ!!! おまけに兄貴のことまで殺しやがって!!!」

「ち、違うの……私はあの日、先輩になびいたわけじゃないし、あなたのお兄さんは……!!」

「言い訳なんか聞きたくねぇよ!!! 絶対お前のこと許さないからな、覚えてろ!!!!!」





 そう吐き捨てて去っていった彼の後ろ姿は、私の心を絶望に染まらせた。

 彼の言葉で、私は確信した。

 幼馴染であり恋人だった彼との糸は、その時完全に断ち切られてしまったことを。




 それだけではない。

 蜘蛛の怪人を蹴り殺して以来、自分の力で、改造人間とはいえ、人を殺してしまったあのドス黒い感触が、今でも脳裏に焼き付いて離れない。

 あの時、私は悟ってしまったのだ。

 私がもう、普通の女子高生にも、イツキ君の恋人にも、戻れっこない、と。




 普通の女子高生としての人生を失った私は、納谷先輩たちが率いていた組織の野望を阻むことに使おうと考えた。

 組織の被害者を、自分で最後にしたい。そう願った。

 そうすることで、自分の存在意義を保てる。そんな気がしたのだ。




 そのために使っているのは組織に改造されたことで得た力なので、結局自己矛盾でしかないのはわかっていた。

 でもイツキ君に拒絶され、普通の人間でいられなくなった私の中で、最後に残っていたのがその願いだったのだ。

 だからこそさっきの夜明け前、アパート中にビールスウイルスを撒いて住人たちの脳を操ろうとする蝙蝠型の改造人間を殺し、イツキ君、昭乃さん、アパートの住人達を助けた。

 ビールスウイルスの影響で気を失っているイツキ君を抱きかかえている時、こっそり【キミのことは、私が守る】と独り言のように呟いたことは、誰にも言えない秘密だ。

 昭乃さんの耳には入ったかもしれないけれど。




 私は裏切ったわけじゃない、あなたのお兄さんも私が殺したわけじゃない。

 目覚めたイツキ君の前で、そう打ちあけたい。

 血清でアパートの住人をビールスウイルスから救っている間、何度そう思ったか知れない。

 でも、そう思うたび、脳裏に浮かぶ変身時の異様に変色した掌と、改造人間を殺したあの黒い感触が思考をかき消してくる。





 そう、たとえ彼への誤解が解けたとしても、私の体はこのままなのだ。

 それに勘の鈍い私でも、彼と元の関係に戻れば、今回のように彼が組織に狙われる、ということぐらいはわかる。





 私は、彼への想いを無理矢理に脳の奥へと押しやった。

 既にお母さんとお父さんにも、既に置き手紙を残している。

 納谷先輩と駆け落ちします、とだけ。

 二人にとっては辛いだろうけど、娘の体が化け物に変わった、と知ってしまう方がずっと辛いはずだ。

 結局今の私には、独りで生きるしか、道が無いのだ。





 何かを振り切るように、私はさっき昭乃さんが去ったのとは真逆の方向へと歩みを進めた。

 一台のバイク―――最高出力500馬力、最高時速400kmの超高性能バイクが、その先にあった。

 キヨシさんが、これで基地から逃げろと言って持ち出してくれたマシンだ。






「彼とツーリング……………………………………できなかったなァ」

 





 両眼をこすって滲む視界を戻した私は、バイクにまたがってエンジンを点け、アクセルを吹かせた。





 涙を隠してくれるヘルメット代わりの仮面を被って、私は真っ直ぐにマシンを走らせた。

 向かい風の中で、昭乃さんが巻いてくれたマフラーの温かさが、その日はやけに身にしみた。














 

 ――――藤岡ふじおか弘美ひろみは、改造人間である。


 ――――彼女を改造した組織は、世界制覇を企む悪の秘密結社である。


 ――――藤岡ふじおか弘美ひろみは、人間の自由のために組織と戦うのだ――――






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【短編】幼馴染をNTRれたと語る後輩が、かわいそうではあるけど、多分NTRれたわけじゃない話 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012

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