第4話

 千夏のメッセージを読んだ僕の心は、別の意味で動揺していた。なぜなら、千夏の手の平で転がされているのは承知のうえで、消えた瞳さんに再び会えるのなら、それでも良いと思っているからだ。存在するかどうか分からない瞳さんのために、自ら千夏の方へ歩んでいることが信じられなかった。


 放課後、図書室へと足は向いた。


【彼女が気になるのなら】教科書に残されていた言葉は事実であるが、千夏にだけは気取られたくなかった。だけどいまとなっては、僕にも都合がいい状態となっている。図書室に向かうことに言い訳は必要なくなるのだから。


 放課後すぐの図書室には、まだ誰の姿もなかった。イスに座ると面接の試験官を待つようにジッとしていた。ある意味、これは瞳さんに近づくための試験なのかもしれない。五分ほど待っただろうか、千夏が僕の前にやってきた。学校中の注目の的である千夏と向かいあって座っているところなど他の生徒が見ようものなら、きっと明日は学校中のニュースになるだろう。だが、千夏はそんなこと気にする様子もなく話しかけてきた。


「彼女に会いたいと思った?」


 千夏が僕の表情を探るような目で見ている。


(この場に来ておいて、いまさら否定する返事はないだろう)


 僕は頷いた。


「ありがとう。小林が彼女を気になっているのなら、会わせてあげる。今度の土曜日に家に来てくれる?」


 胸の奥がグッと握られた感触に、息が詰まりそうになった。自分が望んでいることを千夏が、叶えようとしている。千夏が何を考えているのか全く分からない。だけど、この瞬間は瞳さんに会えるチャンスができたことの方に気持ちは動いた。「一目だけでも会えたら」その気持ちに自分を制御できなくなっていた。




 土曜日の朝を迎えた。


 この瞬間まで期待と後悔が交互に僕を取り囲んだ。玄関を出てから、足は自然と千夏の家に向かっていった。演劇の自主的な練習で千夏の家には行ったことがある。もう十年以上も時は経っているのに、足はいままで何度も行ったことがあるかのように迷わずに進んでいく。


 千夏の家が見えてきた。


 お屋敷というほどではないが、庭でさえ、僕が住んでいる家なら余裕で二軒は建てられそうな広さである。千夏の家の庭半分が、僕の生活空間の全てなのだと思うと、ため息が出そうになった。


 約束の時間に遅れることなく玄関に着いた。

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