第2話

 今日は現国の授業がない日だ。教科書は必要ないはずなのだが、鞄にはしっかりとその座席を埋めていた。持ってくること自体いくらでも言い訳はたつ。あやしいことはなにもない。本当の理由さえ知られなければいいのだ。とはいえ、ほかの授業中に現国の教科書を開けるわけにはいかない。僕のお目当ては勉強ではなく、彼女に会うことなのだ。


 昼休みになり、図書館へと足を運んだ。ここなら教科書を開いても勉強している良い子ちゃんくらいにしか思われない。それでいい。


 教科書のページをめくると彼女が現れた。いつ見ても彼女の表情は、現実世界から想像と推理の世界に導いてくれた。


 教科書の横にノートを置く。シャーペンを二回ノックする。彼女に挨拶をすると思いつく疑問を書いていった。


『名前はなんて呼べばいいのだろう?』


 瞳が印象的だから、とりあえず瞳さんと呼ぶことにしよう。


『瞳さんは、千夏と知り合いなのだろうか。友達なのだろうか。いや、そもそもこの学校の生徒なのだろうか。僕は、瞳さんと会ったことがあるのだろうか。もしかしたら、廊下ですれ違ったりしているのだろうか』


 次々に湧き上がってくる瞳さんに対する思いをノートに書き込んでいくと、左側のページはすぐに埋まった。読み返すと、瞳さんについて知りたいことばかりが占めていた。その思いはやがて、一つの疑問へとたどり着いた。


『千夏は、なぜこのイラストを僕の教科書に描いたのだろう』


 右のページに大きく書き出した。そうだ、まずはこれだ。イラストを描いた理由を千夏から聞けばいい。そうすれば瞳さんについて、情報も得られる。千夏の妄想の人物なのか、実在の人物なのか。まずはそれが知りたい。あっ、でも千夏のクラスで瞳さんを見つけたら、僕はどうすればいいのだろう。千夏に問う目的が無くなってしまう。熱くなった思いに一気にブレーキがかかった。


 瞳さんのことを知りたいけど、本当に存在する人物なのか、その結果を知るのが怖かった。それにイラストの事を聞けば、勘の鋭い千夏なら僕が瞳さんに興味があることに気がつくだろう。気軽には聞けない。


 瞳さんの顔を見つめながら、彼女へ近づくのに大きな溝があることを感じていた。


『どう埋めればいいのだろう』


ノートに記したときチャイムが鳴った。

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