第6話 非科学的能力

その不気味な感覚に陥っても、俺の見る景色は大きくは変わらなかった。

 いつも通りの教室である。しかし、先ほどとは何かが違う。

 さっきまでいたはずの生徒が、人が、生命体が……俺と白羽を除いてひとつ残らず消え失せているという点だ。

「一体何が起きたんだ⁈」

 俺は慌てて、辺りをきょろきょろと滑稽な仕草で見渡した。

「少し、『移動』しました」

 彼女は『移動』したと言った。

 しかし、場所自体は変わっていない。

 すると、彼女は不気味な笑みを浮かべて、言い直した。

「すみません、先ほどの説明じゃ、少し情報不足でしたね」

「?」

「私たちが移動したのは、場所ではありません」

 そこで、彼女は一拍、間を取った。


「私たちが移動したのは『時空』です」


「じ……時空ぅ?」

 俺は間抜けな声で訊ねた。

「ハイ、私たちは普段人間が過ごす、『表時空』から、天使悪魔が人間界の調整のために広げた人間界の裏の時空、『裏時空』に来たのです」

 どうしよう。

 昨日から、頭で深く考えるのをやめて、天使だったりを理解していた自分であるが。

 今回の範囲はどうも理解できる気がしないぜ。

 とりあえず、俺は頭には依然に「?」が浮かんでいるのだが、黙って彼女の話を聞くことにした。

 でないと、話が全く進まなそうだし。

「『裏時空』では、人間界を人間よりも「非科学的能力」が長けている私たち天使悪魔で協力して調整する。そのような空間でした」

「いきなり専門用語を使わないでくれ。なんだ?「非科学的能力」って?」

 すると、白羽はうっかりした顔をした。

 まぁ、他にも『表時空』だの『裏時空』だの……理解に苦しむ単語は積み重なっているのだが、ひとまずは説明が一文字もなかったこの「非科学的能力」だけでいいや。と思ってしまう俺なのであった。

「「非科学的能力」とはその名の通り、人間の使用する「科学」という概念の中では立証が不可能な能力の事です。「魔法」だとか「超能力」だとかと似たようなものですね」

「そんなのか本当にあるのか?」

 俺は疑うことにした。

「なら、見せてみましょうか……同時に……」

 白羽の腕が青白く光った。


「貴方が契ったことで取得された「シニガケ契約」での能力も見せましょうか」


 白羽は俺に前傾姿勢の体制で向かっていった。

 この構え……こいつ、攻撃してくる!

 何を血迷ったか、彼女は俺に攻撃を繰り出すように突撃してきた。

 ここは教室、その攻撃から逃れようにも、机椅子が並んでおり、自由に動くことはままならない。

 そして、彼女が繰り出した、青白い光の刃による攻撃は……。


 見事、俺の左腕をぶった斬った。


「ッ……‼」

 俺はその左腕の逝く様をその目で見てしまった。

 宙を舞う腕。

 丸い切り口から無限にあふれ出す赤黒い血液。

 そして伝わる。それによる激痛覚。

 すべてが俺の冷静判断能力を奪うのに十分な刺激を持っていた。

「う……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ————————‼」

 俺はその場でうずくまり、泣きぐしゃりながら、喚き散らかす。

 これはもう、「苦痛」という言葉では到底表すことができない。

 それほど、激しい痛みだ。

「そんな騒ぎなさんな」

 そんな俺の様子を白羽は冷静に眺めていた。

───なんだ……こいつ。

 人の腕を斬っといて……。

「そのくらいの傷なら、とっくに痛みはかなり落ち着いているはずでしょう?」

「そんなわけ……」

 俺は驚愕した。

 おかしい。俺は確かに腕を斬られたはずだ。

 本来ならば、もう少し痛みが続くはずだ……。


 しかし、俺の感覚神経はとっくに「痛覚」の神経信号を出すのを止めていた。


「ど……どういうことだ?」

 俺は左腕を見てみると。その左腕の切り口から気色の悪い動きをしながら、筋肉が骨が……自ら生えてきたのだ。

「見ましたか?これが「非科学的能力」そして……貴方が「シニガケ契約」を契ることで習得した「究極身体再生能力」です」

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