第6話 生臭い裏庭

(なんだ、これ……)

 雑草を掻き分けて進むと、匂いがどんどん強くなっていった。今までになかった噎せ返るような煙。身体の内側から侵食されているような熱気。陽が落ちかけ一番寒い時刻になろうとしているのに、身体中が汗でじっとりしていた。

 というか、ただの灰の匂いじゃない。腐敗臭……生モノが焼けて放置されているような悪臭が頭をおかしくさせてくる。

 絶対に、何かがある。

 奥に進めば進むほど異臭は濃くなっていき、眩暈も酷くなってくる。引き返した方がいいのは重々承知しているけれど、足を止めるつもりもなかった。

 裏庭全体が煙で覆われている、というよりは、局所的に臭い場所がある。それも空気中ではなく地面の方から匂っている。何かが埋められた後のような。爛れた肉のような刺激臭に最悪な予想を浮かべつつ、異臭の発生源かもしれない場所に辿り着いた。

 到底、人の出入りもなさそうな荒れ地だった。湿気のある空間、伸びっぱなしの雑草。木の陰に囲まれて、何か事を起こすにはバレなさそうな暗闇だった。スマホのライトをつけ、地面をくまなく探す。足で枯れ葉をどかしながら、違和感のある場所を探す。

(……ここか?)

 足にかかっていた雑草の感触が突然なくなった。そこにあった落ち葉を重点的に祓っていくと——明らかに掘り返された跡がある、土で埋められた穴を発見した。匂いは、確かにそこから漂っている。

「……」

 正直嫌な予感しかしていない。事件性を感じる。すぐに校内に戻って、誰か先生を呼びに行くべきだろうけど……

(僕しか嗅ぎ取れてない匂いとか、絶対先生は信用しないだろうな)

 そんな諦めがすぐ頭に浮かんで、近くに落ちていた木の枝を拾ったのだった。

 枝を突き刺し、土を掘っていく。硬く敷き詰められているようで何度も枝は折れてしまい、その度に他の枝を探した。でも最後は自分の手で掘り進めることにした。手袋は台無しになるだろうけど、匂いの正体がわかるなら——

「……え、は?」

 感触の違う何かに突き当たる。柔らかい物、硬い物、葉っぱのようなものがごちゃまぜに埋められているみたいだ。周囲の土を掻きだしてその正体を見た。

「……う」

 ——食べ物だった。木の実とかそういうのじゃない。唐揚げ、おにぎり、ゼリー……明らかに弁当の具材になっていたものが、そこには埋められていた。それも大量に……。

 一日分の量じゃない。何十日分もの食材が、生臭さを放ってそこに棄てられていた。全ての色が黒く、ここ最近埋められたものではないのは明らかだ。この辺りに人の出入りした痕跡がないのを見るに。

 脳裏に「いじめ」という文字が過ぎる。これは、誰の……まさか……。

(いや……そんなはずない。第一、ずっと面倒見てきただろ)

 枝で奥まで掘ってみる。ぐちゃぐちゃとした感触に眉をひそめながらも、食べ物ではなさそうな硬い何かにぶつかった。枝の先を使って取り上げる……。

(髪飾り……)

 ボロボロで汚物に塗れたアクセサリー。それがここで何が起こっていたのかを示唆しているようで、僕はその場にいられなくなった。見つけたもの全てを再び土の中に埋め入れ、逃げるように校舎へ戻っていった。

 その日はどこにも寄らず真っすぐに家に帰ってきた。海未香に見たことについて尋ねようと思ったけど、机の上のスマホまで手が伸びなかった。夕飯も喉を通らず結局寝ている間も、あの荒れ地で見た掃き溜めの姿が、ずっと頭から離れてくれなかった。

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