第5話 きな臭い新聞部
「風早 海未香の素性を調べろ……ストーカーですか?」
こんな風に言われるのも無理はない。でも今抱えている問題を前に進ませるためには、どうしてもヒントになる情報が欲しかった。そのために僕は、海未香と隣町に繰り出した翌日の学校で、新聞部の部室を訪れたのだった。
「何でもいいんだ。海未香に関することなら。今ちょっと彼女、人には言えなさそうな事情を抱えてるみたいで。それで、苦しんでるかもしれなくて……」
「んー、それってただの思い込みなんじゃないですかね」
僕の説明をズバズバと容赦なく切り捨てるのは新聞部の部長、
「そもそもうちは探偵やってるわけじゃないんですよ。あ、もしかしてうちの近衛の話聞いて来たとか? アイツは私専用の足なので他所には貸せません」
「そんなつもりで来たわけじゃないんだけど……」
「生徒のこと聞きたかったら、担任の先生にでも訊いてみてくださいよ」
そう言って眼鏡をかけ直し、音琴部長はパソコンに向き直した。来月号の編集作業の途中だったらしい。
それでも新聞部の手は借りたかった——なぜなら。
「新聞部には、全生徒の情報が載ってるノートがあるって聞いた」
「……」
音琴部長は手を止める。そして、先ほどまでの仏頂面が営業スマイルへと切り替わった。
「草浦センパイ、でしたっけ? もう卒業間近で進路も決まってる優秀な方が、どうして二年生のクラス委員長の心配するんです? もしかして、こういう仲だったり?」
そう言って小指を突き出す音琴部長。対して僕は首を横に振る。
「一番面倒見てた後輩だからだよ。海未香自身が悩んでるなら最後まで手伝ってやりたい」
「はー、親切なコト」
彼女はつまらなそうに椅子に寄りかかる。そして後ろ側にあった棚から厚めのファイルを取り出し、パラパラとめくり始めた。
「一応ありますよー。歴代生徒の秘密資料集。まーこれ、作ったのは近衛なんで。アイツに聞けば一発でわかるでしょうけど。てゆーか確か、風早ってアイツのクラスの委員長だった気がする。近衛は今噂の転校生ちゃんを案内してるとこなんで、戻ってきたら色々聞いてみますよ。それとも待ちます?」
「いや、僕も自分で調べてみるから」
「じゃ、電話番号控えさせてください。聞いたら口頭でお返しします」
手渡されたメモ帳に番号を書き、音琴女史に渡した。僕はそのまま「失礼しました」と部室を出ようとしたけれど、すぐに部長の「お待ちを」が入った。
「何らかの対価はいただかないと」
「……対価?」
「ええ。私たち、飢えているので」
……これが今の新聞部の体制だ。周りから怖がられてるのもわかる。僕は固唾を飲んで、音琴千咲の次の言葉を待った。
「何か面白い実話、ありません? 話してくれるまでここから出しませんよ」
結局僕が解放されたのは一時間後の夕暮れだった。
生徒の大多数が帰った後の学校を一人で散策していた。鼻はすっかり匂いに慣れ、僅かな匂いの濃さの違いも嗅ぎ分けられるようになってきていた。どうして特定の場所でだけ濃度が変わるのか、絶対に条件があるはず……学校は広大かつ一番捜索しやすい場所だ。ほんの小さな違いだけでもいいから、何らかの判断材料を見つけておきたかった。
一階、二階、三階と色んな教室を回った所感だけど、僅かながらも強い焦げ臭さがあった場所をいくつか発見できた。僕のクラスと海未香のクラスの教室だ。そしてそれ以外に委員長会議で使っている教室と保健室。それ以外は基本的に同程度の匂い。
僕と海未香がよく使っている教室ばかりが当たったけれど、保健室はどうだろう。僕の場合は健康診断のときぐらいしか行った覚えがないけれど。養護教諭の先生は外出中で中には入れなかった。
(……でも)
意識してみると特に焦げ臭い場所への道筋がわかるようになってきた。嗅覚を通して透明な煙の流れを頭でイメージする感じ。どうやら匂いの元……火元のような箇所があるらしく、そこから煙が溢れ出しているみたいだった。今まで探してきた場所、例えば僕や海未香の教室だと、見えない煙がぐるぐると渦を巻いていて今まさに火災が起きているような状態だった。校内は大体こんな感じで、保健室以外は僕と海未香が特に使っていた場所が多かった。だがそれだけで僕たち自身に要因があるとは決められない。判断材料もまだ足りない。灰の匂いの根本的な理由を探るには、さらに調査範囲を広げる必要がある。
例えば——
窓を開き、外を見渡す。ある程度澄んだ空気が身体に入ってきて気分が落ち着いてくる。クリアになった思考で、さっきからずっと気になっていた場所を見下ろした。煙の流れを追っている時、教室だけでなく外からも匂いが漏れ出ていることに気づいた。
裏庭。校庭とは反対の方向にある開けた場所。雑草が生い茂り、普段は学生が立ち入ることは少ない場所だ。人の気配を全く感じられない場所……僕自身は訪れた記憶がないその場所に、手がかりがあるんじゃないかと、僕は足の方向を変えた。
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