第7話 風早海未香について
翌日。休もうと思ったけれど、家でじっとしてもいられなかったので結構早い時間に登校した。時刻はまだ7時で、校門を通っていく生徒も2、3人程度だった。気温は未だに5℃辺りで見る人みんなが上着を羽織っていたけど、僕はもう制服にマフラーだけ巻いて登校していたのだった。
玄関に入り上履きに履き替えようとしたところで、
「おはようございます」
と声をかけられた。
「……海未香!?」
咄嗟に振り向く————も、そこにいたのはメガネで三つ編みの女子生徒だった。
「あら、随分と海未香ちゃんに御執心のようで」
「……新聞部の」
呆れた風の音琴千咲は、ポケットから折りたたまれた一枚の紙片を差し出してくる。
「これ、風早海未香の情報まとめたやつです。本当は近衛が一番詳しいので直接説明させてやりたかったんですが、最近付き合い悪いので」
「え……もう?」
渡された紙を開いてみると、海未香のプロフィールから家族構成、周囲の評価や経歴まで事細やかに書かれていた。
「……」
「わかりますよ。細かすぎて気持ち悪いって。でもそれが近衛という男のやり口なんで。世界で一番ストーカーにさせちゃ不味いやつです」
「いや……ありがとう。こんなに早く貰えるとは思わなかったから」
対し音琴さんは無言で僕を睨んでいた。どこか、怪しいところがあるかのように。
「な、なに」
「海未香ちゃんに何かしたんですか」
「え……なんで」
「昨日近衛が言ってたんですよ。珍しく委員長が休みだったって。風邪って話ですが」
「そうだったの……?」
休んだ原因は……思い当たりがあって口をつぐんでしまう。だがそれが余計に音琴さんに不信感を抱かせたみたいだった。
「何か、やりましたか?」
「……僕は、なにも」
そこで含みのあるようなスマイルを作る新聞部部長。
「ま、私もまだ確信してるわけじゃないので。もし当たってたら、今度はこっちから取材させてもらいますよ」
そう言い残し、彼女は学校の中へと消えていった。
……正直に言えばよかっただろうか。自分の中にしかない不安が、あらぬ疑惑を作ってしまったみたいだった。
誰もいない教室で、さっき音琴さんから貰った紙を開く。うちの新聞部は情報網が広すぎるっていう噂だったけど、どうやら本当のことらしい。交流が多いとはいえ、後輩、さらに言えば女子生徒の情報を見るのは気が引ける。でもどうしても、昨日見たものを通して思い浮かんでしまった推測と事実が一致していないことを祈りたかった。
海未香が裏で陰湿ないじめを受けていたかもしれないという……最悪な想像を否定したかった。
【記録】
風早 海未香 十六歳 女性
2006年 6月11日生まれ B型
両親 父 風早 秋斗 母 風早 美優紀(旧姓 園田)
兄弟及び姉妹関係:なし(再確認の必要あり?)
一年B組 クラス委員長
二年Ⅽ組 クラス委員長
頻繁にトラブル(備品の破損等)を起こすも、人間関係的な問題はなし。周囲との不和もなし。
学内のイベントに積極的に参加。クラスメイトの誕生日を暗記しているとのこと。
先生からの評価……高め。
生徒からの評価……若干数、苦手意識のある生徒あり。しかし特に干渉されるといったことはない。
家族関係……良好。
友人関係……良好。友人リストは別紙に記載。
交際関係……恐らくなし。他校生との交流はあるが異性はなし。草浦 夕也との交流がたびたび見つかるも恐らく委員長同士での繋がり。
噂……放課後にたびたび買い食いしている姿が目撃……確認済み
学業態度において、特に問題はなし。
【備考】
家族構成について再確認する必要あり。戸籍上、そして本人から三人家族と明言されているが会話内容に違和感あり。(幼少期に三人以上で遊園地に行ったと疑わしい発言)同世代の親近者を調査する(多分従妹かも)
※2022年7月1日
顔写真の下にプロフィールが手書きの文字で記載されていた。どうやらこれはコピーされたもののようで、最後の日付から見るに去年のうちに作成されたものらしい。どういった経緯で作られたのかはわからないけど。
しかしこれを見るにいじめを受けていたという線はないみたいだ。新聞部は音琴部長の代になってから学内で起こった事件の全てを赤裸々に晒し、いじめ被害の悉くをなくした最強の実績があるのでそこは信頼してもいいだろう。懸念していたことについてはとりあえず一安心だが、また新たに気になることが出来た。
兄弟、姉妹の有無について再確認しないといけない、というのはどういうことだろう。本人は三人家族というけど違和感がある……これを書いたのは近衛くんという話だったけれど、どうして気になったんだろう。従妹とか友達と行ったとかだったら気にも留めないようなことだろうけど。この点だけ聞きたい。近衛くんがいたなら放課後また伺おう。
さて、となると。昨日の一件は海未香が虐められていたことが要因ではない、ってことになる。新聞部の調査結果が確かなら。もちろん海未香が捨てていないという証明になるわけでもない。やむをえず弁当を捨てないといけない状況に陥ったとか。同時に僕たち以外の誰かがあそこに弁当を捨てたという可能性も同じようにあるわけだけど……。
(……あ、そうなると)
僕たちだけが匂いを嗅ぎ取れる……という前提を一旦崩してもいいんじゃないか?
たまたま同じ悩みを持った僕たちが近くにいただけで、他にも匂いの悩まされている人がいるかもしれない。それが、裏庭に縁のある人物とか……。
それなら協力者が増える。このどんづまりな状況をなんとか打開できるかもしれ——
「うわ」
突然ポケットの中のスマホが震え出した。2、3コールした後、恐る恐る通知名を見てみると、そこには「風早 海未香」という名前が表示されていた。
「もしもし、海未香?」
『……先輩です?』
「大丈夫? 昨日休んだって……」
『ええ。今日は幾分かよくなってます。ホントは今日も休むつもりだったんですけど、家にはいられないので……』
電話越しに聞こえる彼女の声はまだ少し曇っていた。声が低めなあたり病み上がりなんだろう。
「あまり無茶しなくても」
『いや……それより、進捗ありました?』
「ああ、うん。色々探してたんだけど他にも匂いが強い場所見つけた。ホントは直接会ってから話したいんだけど……」
『……多分、学校ついても保健室コースかもしれないです。今日は家を出たいってだけだったから。なので今でも大丈夫ですよ』
「わかった——海未香、裏庭に行った覚えはある?」
数秒の無言。道路を歩くような音だけが耳に届いてくる。
『……ないですね。そもそも人が行くような場所じゃなくないですか』
「だよね。それならよかった」
嘘の可能性もある。でも、僕はその言葉を信じることにする。
『あと私も一カ所。思い当たる場所あるんです。学校で』
「え……どこ?」
『先輩、屋上行ったことありますか?』
「いや……」
学校の屋上はそもそも鍵がかかってて入れなかった記憶があるけど……
『去年一回だけ……学祭あったじゃないですか。そこで上がったことあるんです。あそこ怪しいかも』
「匂いが強いの?」
『確信はないですけど』
一応、昨日は僕もその場所に行ってみた。当然入れはしなかったけど、煙が出ているようには思えなかった。でももし海未香だけがわかる匂いだとしたら、考える材料にはなるかもしれない。
『放課後で、いいですか?』
「わかった」
そう約束して携帯を切る。
……この調査が果たして進んでいるのか、止まったままなのか。僕にはとにかく、その時間を待つことぐらいしかできなかった。
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