第8話 命名式

 数日後には、ユーゴの友人夫婦の出産も無事終わり、ユーゴの忙しさも一段落していた。

 俺とユーゴはグレゴリウスをはじめとする薔薇星室と真祖に対抗するための研究と実験を重ねながらザロモの経過報告を待っていたが、そんな折に思いがけないことを頼まれた。

 例の夫婦が赤ちゃんの命名式を執り行うので、ついてはユーゴだけでなく、俺にも来てもらえないかと言うのだ。

 領主とはいえ吸血鬼なんて赤ちゃんの命名式に呼ぶもんじゃないだろと常識的な判断を下した俺は断ろうとしたが、ユーゴが「一緒に行きましょう」と誘うので、押し切られてしまった。


 命名式は夜になってから、村の広場で行われる。

 その中心に村人たちが集まり、主役の夫婦にお祝いの品をプレゼントしている。

 春の花々で飾り付けられた華やかな空間に入っていくのはためらわれた。ここで俺がようと現れたら雰囲気ぶち壊しじゃないか?

「俺やっぱ帰ろうかな……」

「大丈夫ですって、ウェイド様が来てくれたと知ったらみんな喜びますよ」

「そうかあ……?」

 ユーゴの励ましに俺は半信半疑だったが、直後、村人が俺たちに気づいた。いっせいに無数の視線がこちらに集中し、ちょっと腰が引ける。

「領主様!」

「領主様、いらしてくださったんですね!」

「やっぱりユーゴに言づてを頼んで良かった。お忙しいところ足を運んでくださり、ありがとうございます」

「あ、ああ、まあ、面白そうだったしな……」

 わらわらと笑顔の村人に寄ってこられ、慌てて領主の顔で応対する。

 赤ちゃんを抱いた夫婦もこちらを見てあっと声を上げ、嬉しそうに近づいてくる。

「領主様、うちの子の命名式に来てくださってありがとうございます!」

 母親が「ほら、この方がお母さんたちの領主様よ~」と腕の中の赤ちゃんをあやし、俺に見せようとする。

 何の気なしにそれを覗き込んだ俺は、ん? と首を傾げた。

「……えらく成長が早い子だな……」

「そうなんですよ! もう髪の毛もこーんなにしっかり伸びてるし、歯だって生えてきてるんです」

 夫婦は面白話のようにきゃっきゃと笑い合っているが、俺は好奇心のほうが勝ってしまっていた。

 この赤ちゃん、つい先日生まれたばかりの新生児にしてはデカすぎないか? 茶色い髪の毛も生えそろっているし、目もぱっちり開いている。というか瞬きひとつせずこっちを凝視している。

 観察しているうちに「あーあー」と喃語を喋りだした赤ちゃんは、急にご機嫌になって手を伸ばし、なんと俺の指を握ろうとしてきた。

 俺はそれを慌ててかわし、

「に、人間の赤ちゃんが吸血鬼に触ろうとすんじゃねーよ! 危ないな」

「すみません、本当に元気な子で。でも我が子ながら見る目がありますね。領主様が好きみたいです」

「んなわけあるか! お前らな、こいつが何しても可愛く見えるのは分かるけど、教育はちゃんとしてやれよなっ」

 幸せの絶頂でおおらかになっているのかなんなのか夫婦はのほほんと笑っているが、俺はぜんぜん笑えない。

 しかしこの調子では説教しても響かないだろうと判断し、かがめていた腰をぎこちなく戻して、ユーゴに耳打ちする。

「しかしこの成長速度、人間の赤ちゃんの中でも……その、珍しいよな?」

「……な、なんか特別な感じしますよね……」

 ユーゴが「もしかして成長したらソシャゲのキャラになるんじゃないかってポテンシャル感じません?」と小声で言う。

 一理あるかもしれない。軽く見てみたところ、まだ少量ではあるがこの子からは魔力を感じるから、少なくとも人間の魔術師の才能があるようだ。

 と、ちょうど命名の準備が整ったらしい。のろのろと歩みを助けられながら老婆が広場の中央に進み出てきて、「始めるよ」と夫婦を呼んだ。

 人間の伝統で、共同体内で生まれた赤ちゃんの名前は占い師に決めてもらうらしい。

 実際にその儀式を目にするのは俺も初めてだった。

「今宵の名付け、領主様にお立ち会いいただけるとは、まこと光栄に存じます」

 占い師の老婆は村民が輪をなして見守る中、厳かに語り出した。

「我々人間に伝わる神話によれば……遙か昔、この大陸にはバルタザールとシュマルドというふたつの人間の国がございました。ふたつの大国は相争い、バルタザールはシュマルドを滅亡寸前というところまで追い詰めましたが、シュマルドを建国より守護する一柱の神がバルタザール王を殺したことで、シュマルドの王族とわずかな民はかろうじて救われました。しかし神の裁きを逃れたバルタザール王の娘は、憎きシュマルドの民をこの世から完全に消滅させ、バルタザールが世界の支配者となるまで戦い続けるよう、バルタザールの民に呪いをかけたのです。赤子への名付けの風習は、その神の加護を願うものでございます」

(人間の神話……)

 俺は初めて聞くこの神話が妙に引っかかった。

 老婆は祈りを捧げてから色のついた砂と数種の宝石を地面に投じた。それらが偶然作った紋様からつけるべき名前を読み取るようだ。

 すると、老婆の顔色が変わった。

 感嘆の声をもらし、

「この子の名は――――エディン。かの神と同じ名を授かった、幸運な子じゃ……」

 おお、と聴衆が歓声を上げ、俺とユーゴは自然と顔を見合わせた。

「……あの、エディンって、ソシャゲに出てきた賢者の本名です」

 潜めた声でそう言われて母親の腕に抱かれた赤ちゃんを見れば、祝福の花の雨を浴びながらいまだにこっちを見て、きゃっきゃと無邪気に笑っている。

(……なるほど、ただものじゃねーはずだ)

 そろそろソシャゲに出てきた人間たちが生まれてきてもおかしくないとは思っていたが、こんなに早く第一号と巡り会うことになるとは。

 一般に魔術師の才に恵まれた人間の子は成長が速い。この子が将来人間の指導者になる器なら、髪の毛や歯の生えそろい具合にも納得がいく。

「ソシャゲに出て来るエディンは五十歳のおじさんでしたから、これでようやくソシャゲ本編の時間軸がいつなのか分かりました」

「今から五十年後だよな」

 吸血鬼の感覚的には近い未来という感じだが、人間のユーゴは口惜しげに奥歯を噛みしめる。

「ソシャゲで賢者エディンのもとに集った人間の味方キャラたちはほとんどが十代から三十代でした。彼らが生まれるまでまだ二十年以上もあります! ソシャゲのエディンは、ウェイド様の死後ランシュタイナー領内の人間の隠れ里をたったひとりで守ってきた人物と書かれてましたし、本編開始時点で退場済みなだけで他にも味方がいたとは考えにくいです」

 確かに、エディンの誕生によりソシャゲの本編が五十年後の出来事だと分かったせいで、この先およそ二十年間の人材的な不作まで確定してしまったのは痛い。

 ユーゴにしてみれば、いくら本人が本気で俺を守るつもりだといっても、灯ったばかりの戦力増強という希望の火がこれで消えたのだから、落胆が大きくなりもするだろう。

 エディンは並の人間よりはよほど早く戦力に成長してくれるだろうが、俺が生き残り、領地と領民を存続させるには、やっぱり俺とユーゴのふたりでどこまでやれるかが鍵になるということだ。

(二十年か)

 俺はこれまで見聞きした山のような情報を猛スピードで反芻しながら、消沈しているユーゴの背を「なあユーゴ、確認しときたいことがあるんだけど」と軽く叩いた。


(いや。俺はユーゴと生き残るんだ。二十年後も、その先も)


「前にお前が言ってたソシャゲのタイトルの『ロストスカイ』って、どういう意味なんだ?」



 以前までのグレゴリウスは、真祖のベッドの前に平伏する父・オーリーの姿を眼にしても何も感じなかった。

 父は誉れある薔薇星室の剣士であり、グレゴリウスの絶対的な師であった。幼い頃から後継者として父に鍛えられてきたグレゴリウスは、数々の同胞の死を見てきた。吸血鬼は吸血鬼を殺せないと、法の裁きを受けて死刑を下され、真祖の命令で処刑されるわけでもないのに自分が死ぬわけがないと思い込んでいる同胞が、驚愕と絶望に彩られた顔で死んでいく。

 グレゴリウスは、一方的に殺す側でありながら、それこそ明日の自分がああなるかもしれないのだと理解していた。

 父が黒といえば白も黒だった。

 この吸血鬼社会が実は薄氷の上に成り立っており、真祖は同胞を愛してなどいないと知っているグレゴリウスは、父の言うがままに剣を振るって長い時を生きてきた。

 しかし今は、父のことも、彼に素足を差し出し、忠誠のキスをさせている真祖のことも、どうしてだか取るに足りない愚か者にしか見えなかった。

 今まで殺してきた者たちと天秤にかけたとき、果たして彼らの側が下へ傾くだろうか?

 真祖はグレゴリウスたち吸血鬼のただひとりの祖。

 今も生きている最古の個体。

 老いることはもちろん、ある時点から成長すらしていない少女の姿をしている。

 金髪に金の瞳の猫めいた気ままさの美しい少女は、羽のように軽やかにそうっと大理石の床に降り立つ。

「オーリー」

「はっ」

 他人をもてあそぶ残虐性を隠しもしない可憐な声に名を呼ばれただけで、父は頭を垂れ、粛々と次の行動に移った。

 父が引き出してきたのは、先日まで同僚だった男だ。

 薔薇星室の武器にして最高機密でもある光刃を見せた上で獲物を取り逃した彼を、ザロモ領まで急行して回収したのはグレゴリウスだった。

 彼は自分が演じた失態が死を賜るに値することを分かっていたから、全力でグレゴリウスに対抗したが、力及ばず捕縛されたのだ。猿ぐつわで命乞いもままならない元同僚は、見慣れた絶望の表情で必死に身をよじっている。芋虫のように。

「お前のように同胞を一方的に殺すことに優越感を覚え、仕事を趣味にし出す愚か者がいるのよね。それで異端者を取り逃すのだから、困ったものよ」

 元同僚の顎をすくい上げるように指先を伸ばし、顔を覗き込んだ真祖が苦笑する。

 元同僚の呻き声がいっそう激しくなった。真祖はまるで聞こえていないようにそれを無視する。

「でも、『虹』の試運転にはちょうどよかったわね」

 真祖が微笑み、そして、一瞬でこの場の命がひとつ消えた。

 まばゆい光の後には、胸部に大穴の空いた元同僚の物言わぬ遺体しか残らなかった。

 父は呆然とそれを見下ろし、

「……本物の太陽光の力、ここまでのものでございますか……」

「そうよ。お前たちが振り回している光刃など、ほんの欠片に過ぎないの」

 くすくすと無邪気な少女のように笑う真祖にただ恐れ入る父親を、グレゴリウスはじっと見ていた。

「長い時を費やし、私が太陽光を受けても死なぬ唯一の吸血鬼となった今なら、この『虹』も安心して使えるわ。結局私がみんなのお尻を叩いてあげなきゃ、進むものも進まないのよね。ねえ、死体を片付けて」

「は。グレゴリウス」

「承知しました」

 グレゴリウスはほぼ反射ですぐさま父の命を遂行しようとしたが、それを真祖が「待って」と止めた。

「片付けはオーリー、お前がやるのよ。醜い無能の死体を見た後は可愛いグレゴリウスを愛でなくては魂が腐ってしまうわ」

「……は、では、私が」

 父は従順に作業を開始したように見えるが、刹那、こちらを射るように睨み付けたのにグレゴリウスは気づいていた。

 死体とともに父が真祖の寝室を辞すると、真祖は「グレゴリウス」と犬猫でも呼ぶようにグレゴリウスを手招く。グレゴリウスが成人してからは、いつもこうだった。

 美しい少女に歩み寄ると、冷たく白い手がグレゴリウスの頬を包んだ。

「変な気は起こさないことね」

 微笑みながら真祖が言う。

「この世界を覆う偽りの空。それを維持している私に何かあれば本物の太陽が顔を出し、すべての吸血鬼が死ぬことになるわ。お前も、お前の父も、お前の大切な者もみーんな」

「……」

「お前、あの異端者を愛しているでしょう? ダメよ」

 くすくすという笑い声を、聞きたくなかった。

「あんな馬鹿な子のことは忘れなさい。吸血鬼なのに人間を……いいえ、シュマルドの末裔どもを守ろうとするなんて。グレゴリウスは分かっているわよね? 吸血鬼はただひたすら同胞を増やし、人間を食らうことで、いずれ必ず人間という種を絶滅させる存在。そのための機能を正しく備えている完璧な種よ。進歩も進化も必要ないのに、あの子が要らないことばかりするから……あの結晶を使って吸血欲求を抑える薬など作るから。だから仕方ないの。私のバルタザールの悲願の成就に、あの子は邪魔だわ」


 そう、ウェイドが真祖に目を付けられたのは畢竟、「吸血鬼は人間を餌としなくていいように進化するべきだ」などと主張し、人間を庇護し続けたからだ。

 だって真相はまるで真逆なのだ。

 遙か昔、吸血鬼はこの世に存在しなかった。人間の大国がふたつあっただけだ。真祖ももともとは、亡き父王のシュマルド征服の夢を叶えるという妄執に取り憑かれた王女だった。

 真祖に呪われた吸血鬼(バルタザール)は本来、人間(シュマルド)を征服するか殺すかしか選択肢を与えられていない。

 吸血欲求はシュマルドの血を流させろと命じるものであり、吸血鬼化やチャーム機能はシュマルドの民をバルタザールが征服し併呑する目的でつけられたものであり、暴走はそれらの目的を達成しようとしない・できない「不出来な」個体を同胞の手で気兼ねなく排除できるよう仕向ける機能に過ぎない。

 製造された目的に照らせば、吸血鬼に欠陥など存在しないのだ。シュマルドを征服するためだけに存在する種族としてデザインされているのだから。


 むろん、いつか吸血鬼がその機能を全うし、人間が絶滅する日が来れば、そこからは吸血鬼の滅びが始まる。食糧を失った吸血鬼たちは最後にはみな等しく飢えて、順番に暴走状態に陥り、互いに殺し合いながら死に絶える運命だ。

 真祖は早くそうなるように吸血鬼を「もっと急かしていく」つもりだと言っていた。

 彼女に言わせれば、人間を飼育して血液の安定供給を実現し、ぬるま湯のような吸血鬼社会を維持している現状こそ、吸血鬼の本分にもとる行いなのだから。

 真祖は吸血鬼に待つのが滅びだと分かっていて「みんなで胸を張ってお父様のもとへ行きましょう。きっと私たちを褒めてくださるはずだわ」と夢見るように言う。

 あるいは、「全部終わったら、みんなで人間に戻って、平和で美しい国を作りましょうね」と慈悲深く微笑むこともある。

 そのときどきで言うことの変わる彼女は、本当にどちらでもいいのだろう。

 狂った彼女にとって大切なのは、亡き父王の無念を晴らし、復讐を達成することだけなのだ。


 グレゴリウスはこの真実を明かせないなりにウェイドの考えを矯正し、真祖の目こぼしをどうにか得ようと幾度となく試みたが、叶わなかった。

 そして、そんなグレゴリウスを真祖が面白がらないはずがない。

 グレゴリウスが薔薇星室の剣士として認めるわけにはいかなかったウェイドへの想いを、真祖は容易く見抜き、グレゴリウスではない薔薇星室に彼の始末を命じた。


 ウェイドが人間の従者のおかげで生き延びたと聞いたとき、グレゴリウスの胸を占めたのは決して安堵だけではなかった。

 ついに真祖が行動に出たことへの絶望、嫉妬、彼が狙われても真祖に刃向かえない自分への失望、口惜しさ、自分をこんな風に育てた父への八つ当たりめいた怒り。

 すべてがない交ぜになってグレゴリウスの中に嵐を起こしたが、長年の教育はグレゴリウスの外殻を強固に形成してしまっていた。

 できたことといえば、素知らぬ顔でウェイドの無事を確かめに行くことくらい。

 あのとき、グレゴリウスは自分の情けない言動をどこか俯瞰して見ていた。

 初めは何かを打ち明けたかったはずなのに、それを恐れていつも通りの自分を演じ、なのに向こうに察してほしくていつもと違うことをして、楽しそうに例の人間の話をする彼に面食らって、落胆した。

 何もしなかったのと同じだ。

 だが、もしあのとき何かできてしまっていたら、いま自分の命はなかったかもしれないのも事実だった。


 結局グレゴリウスは、ウェイドを殺さねばならない。

 ……殺せるのだろうか?

 彼を殺したあと、自分はいったいどうなってしまうのだろう?


 真祖は魂の抜けたようなグレゴリウスの頬を撫でて優しく微笑む。

「さあいらっしゃい。愛する者を殺さなければいけないお前に、私の血を拝領する栄誉を与えましょう。吸血鬼の血を飲めるのは、吸血鬼を傷つけ殺すことを私に許されている者だけ。その中でも私がこの血で酔わせてあげるのはお前だけよ。哀れで可愛い、私のグレゴリウス――――」




 泥のような酩酊の中で、いつも都合の良い夢を見る。

 たぐいまれな魔術師の才能を持って生まれたウェイドは、吸血鬼の中でも成長が早かった。

 ランシュタイナー家とミラン家は家格にこそ差はあれど数代前から親交があったため、グレゴリウスは百歳年下のランシュタイナー家令息をそれこそ幼児のときから知っていた。

 たぐいまれな魔術師の才能を持って生まれたウェイドは吸血鬼の中でも成長が早く、ほぼ成人のようななりをしておきながら、中身はまだ好奇心旺盛で無邪気な子どもだった。「あれは何?」「何でこうなってるの?」と矢継ぎ早に質問をしてくる上に、適当な誤魔化しが通じないウェイドの相手をするのは誰だって億劫だったのだろう。色んな人のところをたらい回しにされたあげく、ウェイドが最終的にたどり着くのはグレゴリウスのところだった。

 父の命がないときのグレゴリウスの自我はごく希薄だ。

 鬱陶しがるという感情が湧くこともなかったので、常に一定の温度で淡々と応対するうちに、ウェイドは完全にグレゴリウスに懐いた。お茶会にも狩猟にもピクニックにも、ウェイドはグレゴリウスを誘ってきた。どう考えてもグレゴリウスは遊び相手にはつまらない男だろうに、会話さえちゃんとしてくれるのなら、彼はそんなことには構わないようだった。

「ウェイド、私の話は何もかも父の受け売りだぞ」

「ん? んー、まぁ大半はそうだろうだけどさ、グレゴリウスって自分で思ってるより変なやつだぞ。たまにお前自身の個性がお父上譲りの猫かぶりを突き破ってにじみ出てくるのが面白いんだ!」

 グレゴリウス自身ですら心当たりのないグレゴリウスの一面を自分は知っているとばかりに、ウェイドは自信満々に言ったものだ。最初何とも思わず「変わっているのはお前のほうだろ」と返したはずが、何度も思い返すうちにグレゴリウスはその言葉がいつしか好ましくなった。いいや、言葉だけでなく、気づけば彼という一個体を愛していた。

 ウェイドは、そういう我が道を行くウェイドのまま成長していった。

 年を重ねて中身が外見相応のものになり、数々の発明で名を成した。

 しかし功績を真祖に認められ、領地を与えられた彼は、そこで人間を囲い始めた。

 吸血鬼と人間という種の真実を知っているグレゴリウスからすれば、危険極まりない独自説を展開し出したウェイドに、グレゴリウスは焦った。

 何度も説得しようとした。

 だがよりによってウェイドに論戦で勝てようはずもない。真祖に彼が睨まれないよう、グレゴリウスにとっての「特別」なのだと気づかれないよう、変にしつこくもできないという制約もあった。

 ウェイドは都に住む家族と疎遠になってもなお、人間を庇護し続けた。


 夢の中のウェイドは、いつでもグレゴリウスの言うことを聞いてくれる。

 人間に肩入れしたあげく、人間の男を従者にまでして特別扱いし始めるようなことは決してしない。

 吸血鬼を攻撃することさえできないくせに、グレゴリウスに刃向かおうなんて馬鹿な考えも起こさない。

 グレゴリウスが与えた一室の外はいっさい出歩かないし、グレゴリウスが仕事から帰ってくると「おかえり」と笑顔で迎えてくれる。

 手を伸ばせば嬉しそうに縋り付いてきて、身体を抱きしめれば健康的な筋肉の弾力とぬくもりが染み入ってくる。吸血を制限していないからだ。触れた唇の血色や艶もよく、ふっくらとしている。

 どうしても不安になって両脚の腱を斬ってしまったけれど、彼は怒りや悲しみを引きずりはしなかった。「お前だってやりたくなかったけど、こうしなきゃどうしても安心できなかったんだろ。だったら仕方ねーよ」と物わかり良く笑って、萎えていく足を手でさすっていた。

「ごめん、ごめんな、グレゴリウス……」

 それでも飽き足らず、グレゴリウスがさらに彼を戒めようと寝台に引き倒し、少々悼みを与えたり、急所を抑えて脅したり、首などを締めては緩めてを繰り返すと、ウェイドは震えながら掠れた声でそっと謝ってくる。

「お前がずっと俺を真祖から守ろうとしてくれていたなんて、知らなかったんだよ。自分がどれほど恐ろしいことをしてたのか分かった今では、昔の夢を見てぞっとするんだ」

 ウェイドは耐えがたいというように目を伏せて涙を滲ませ、グレゴリウスに手を伸ばす。

「なあ俺、今夜はもうあんな夢見たくない。見させないでくれ……」

 それくらいいくらでも叶えてやる。

 いや、ウェイドのその願いを叶えるのは自分だけだ。

 もし彼の手が自分以外を求めるのなら、そいつを殺してやる。どんな手を使ってでも考えを改めさせて、……それでも拒むなら、そんなウェイドをこそ許せない。

 たぶん、自分は彼を殺すだろう。

 自分自身も壊れてしまうのが分かっていても。

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