第6話 プレイアブル

 その後、領地に戻るなりユーゴは宣言を実行し始めた。

 村の男衆に自分を鍛えてくれるよう頼み込み、朝な夕なと訓練を積んでいる。俺が止めても聞きやしない。一週間が経とうとする頃には、俺ももううだうだ注意する気が失せた。

 ユーゴが俺を守るために鍛えたいなんて馬鹿正直に言うもんだから、領民たちも「おお、その手があったか!」と言わんばかりに妙にやる気を出してしまった。

 今も朝っぱらから中庭で厳しい指導を受けている長身を窓から眺め、俺は溜め息をつく。

 そりゃ領内の治安維持のために人間同士のいさかいは人間だけで最低限解決できるよう、前から体術くらいは学ばせてあった。

 でも自分が強くなって吸血鬼に立ち向かおうだなんて思いつくのは、この世界の常識に価値観が染まっていないユーゴだけだろう。

(でもそんな発想が持ち込まれても、まだひとりも俺に刃向かおうとするやつが出てきてないんだよなぁ。本当にこのランシュタイナー領から人間が反乱を起こす未来があったのか……?)

 この時代の領民は温厚すぎるか、衝動的に無謀な真似をしないだけ賢いのか。もちろん悪いことではないが、ユーゴがやっていたソシャゲで描かれた未来ではこんな気質の民が約二百年の間にどういう経緯で過激化していったのか少し気になる。

 いや、ユーゴの出現で、色々と未来は変わっているはずなんだが……。

 それくらい普通ではあり得ない行動ばっかり取ってるからな、あいつ。未来に影響が出ていないほうがおかしい。

(元の世界では争い事とは無縁で生きてきたはずだろうに、マジかよ。人間のくせに吸血鬼の俺を守りたいとか……)

 ダメだ、呆れと愚痴が思考に混じり出すと思い出してしまう。

 俺を庇って抱きしめてきた腕の強さとか、胸に当てた頬に伝わってきたばくばくうるさい心臓の鼓動とか、「ウェイド様のことは俺が守ります」と言ったときの、珍しく犬っぽくないマジな顔とか――――。

「……っいや違う、あれはちょっとビックリしただけで……!」

 止めどなく流れていく自分の思考と変にあがる体温に、慌てて想像を振り払う。

 誰にともなく言い訳してから、意味不明な自分の行動に少し凹んだ。

(ふ、振り回されるべきは俺じゃなくてあっちじゃん。好きとか言っといて……つーか別にそれらしいアプローチみたいなことはしてこねーけど……)

 と考えるのがもう振り回されている。

 はっと我に返り、今度こそ俺は頭を切り替えた。

 告白されてそれっきりにされている俺がこんなことぐるぐる考えさせられるなんて理不尽だ。


「あ! おはようございます、ウェイド様!」

 一区切りついた頃を見計らって中庭に出ると、ちょっとよれっとした笑顔でユーゴが俺を迎えた。

 他の連中も居住まいを正して「おはようございます、領主様」と異口同音で挨拶してくる。

 俺はそれらに「おー」と軽く応じて、ユーゴを手招く。

「? 何でしょう?」

「坑道の魔石を使った新型抑制剤の開発も滞りなく終わったし、お前に『すげーバフ』ってやつ作ってやったから、そのテストな」

 俺はあらかじめ用意していた魔術をひょいとユーゴにかけた。

 ユーゴの目の前に可視化された半透明のパネル表示が浮かび上がり、うわっとユーゴがのけぞる。

「お前が俺の言うこと聞かないから、仕方なく! 作ってやったんだからな!」

「うわ何だこれ、めっちゃゲーム画面……!」

「おぉ……」

「領主様、これはいったい……」

 ふっ、驚け驚け。

 俺は吸収した情報はすべて発明に活かす天才魔術師。ユーゴからソシャゲとやらの仕組みを聞いた時点で、すでにこの発想を暖めていたのだ。

「脳みそよりも的確に簡単に身体を動かせるようにするシステムだよ。これがあれば、ユーゴも騎士並みの技を自在に使えるようになる。何かお前調べてみたら謎にチャーム耐性が高いみたいだし、本当に吸血鬼相手にも戦える可能性はあるかもと思ってな」

 そう端的に答えただけでは、ユーゴたちの頭上にずらりと並んだ?は消せないようだ。もう少し詳しく説明してやるべきか。

「脳で見本の動きを完璧に記憶しても、その通りに動くように脳の指令を受ける身体のほうが癖や反射や思い込みで勝手に自分の機能を制限するから、武術の修練には膨大な時間がかかる。だったら完全に思考と身体を紐付けて、身体の判断をいっさい介在させなければいい。①と思い浮かべたら、①という思考に紐付けられた動きを再現するように身体を魔術で強化し、縛るんだ」

 えええ、とユーゴが興奮した様子で身を乗り出し、

「……ってことは、これって俺の身体のコントローラー!? ボタン押したら技が出るシステムを、脳波でゲームするみたいな感じで現実でできるってことですか!?」

「いやコントローラーが何かは分かんないけど、まぁそんな感じかな」

「すげぇ~!!」

 いまだに理解が追いついていない他の連中を置き去りに、大はしゃぎのユーゴは訓練用のかかしに向かってさっそく試してみようとする。

「パネルにそれぞれ違う色で書かれた数字が並んでるだろ? それをそのまんま順番に思い浮かべてみな。ただの色や数字を思い浮かべただけで暴発しないようにセーフティーがかかってるから、必ず色と数字はセットで念じるんだぞ」

「は、はい!」

 まずは赤い①と宣言した直後、パネルの該当箇所が光ってユーゴの身体がかかしに美しい延髄斬りを叩き込んだ。

 ドバンと衝撃音。着地と同時にかかしがどうっと地面に倒れ、無惨に折れた首を晒す。

「よっしゃ、完っ璧! いいじゃんユーゴ!」

 俺は想定通りの挙動に満足し、壊れたかかしを見下ろして大笑いで拍手したのだが、ユーゴたちは思わず数秒固まっていた。おい領主様の発明だぞ、ドン引きすんな。

「あ、パネルは慣れたら非表示にできる。今はお前の思念に魔術がちゃんと反応してるか分かりやすくするためと、技を覚えやすくするために表示設定になってるだけ。ちなみに身体に無茶をさせてるわけだから、これを使ったあとは相応に疲れるぞ。俺はほぼ常時体力ギリギリだからまともに使えねー。まぁどのみち俺は吸血鬼を攻撃できないし、無用の長物だけどな」

 血を制限している以上、自分に使えないのはもう仕方ない。

「それぞれの動きは俺の知り合いの剣士を参考にしてるけど、あいつも大概な性能してるしなー。憧れの技が出せるからって調子に乗って使いすぎないように」

 そう釘を刺すと、壊れたかかしを呆然と見つめていたユーゴがほうと感嘆の息をついた。

「は、はい……ちょっとあの、バフってレベルじゃなさすぎて唖然としちゃいましたけど、やっぱりウェイド様はすごいですね……。本当にありがとうございます。俺がんばります! あなたを守れる男になってみせますっ!」

「……お、おう、ほどほどにな」

 きらきらと目を輝かせ、やる気に満ちたユーゴに手を握られ感謝されて、なぜか声が裏返りかけた。

 今のこいつのこれは本当に純粋な敬意から出た行動で、そんなの俺にだって丸わかりで、そういうアプローチでも何でもないのは明らかなのに、恋愛の意味で俺を好きだっていうのなら、普通もっと下心がにじみ出るもんなんじゃないのか?

(……だからっ、なんで俺のほうがいちいちドキドキしてんだよ!!)



 向かい合っていることにもう耐えられず顔を伏せた。

 距離が近いどころか、ゼロ距離だ。

 あのときのようにユーゴの胸に頬をつければ、力強く拍動する心臓を感じる。

 休みなく熱い血を全身に送り出す臓器を思うと、きゅうと腹が鳴りそうだった。

 うつろな意識の中で舐めたユーゴの血の味を思い出し、空腹とあいまって目眩がする。

 緊張に強ばっているユーゴの腕にこうして閉じ込められていると、くらくらとしてきて、嫌なことがすうっと頭から消えていくのを感じた。

 殺されかけた恐怖とか、ユーゴが死ぬかもしれないと思ったときのショックとか、領民のためにも勝ち目のない敵にどうにかして立ち向かわなくてはいけない焦りとかで、最近よく眠れていなかったから、俺は心地よい安心感に浸った。同族の中でひとり異端者で居続けるのは、やっぱり少し不安で寂しい――――誰にも言ったことはないし、言うつもりもないけれど。

 頭はふわふわとぬくもりに浸っているのに、目眩がするような空腹が突き上げてきて眠気を吹き飛ばす。

 ……いや、空腹だけだろうか。

『ウェイド様…………』

『っ……』

 頬が熱くていつも通りに呼吸さえできない。

 耳元で名前を呼ばれて、大きな手が肩から腕を撫でていく、それだけで嘘みたいに力が入らなくなった。

 ぎゅっと目を瞑って顔を背け、ユーゴのシャツの裾をかろうじて掴んだ。

 くうくうと腹が鳴る、血が飲みたい。だけどそれだけじゃない。お前ならどちらもを満たしてくれるんじゃないかと、恐る恐る視線を上げる。

 でも、ユーゴはぐっと俺の両肩を掴んで、身体を離した。

 思い詰めたその顔は申し訳なさそうで、少し青ざめている。

『……ごめんなさい。やっぱり俺、尊敬の気持ちが大きくて……ウェイド様とこういうことはできな――――』




「……はぁああーーーー!!!?」


 ぶち切れてバネのように勢いよく飛び起きてから、あれっと状況を把握する。

 手に握り締めているのは毛布だし、俺が今いるのは自室のベッドの上だ。

(ゆ、夢……っ)

 気づいた途端にかあっと全身が燃えるように熱くなった。

 最悪だ。一生の恥。そんでもって夢の中のユーゴはクソバカだ。

 俺を好きだと言ったくせにいざとなったらごめんなさい勘違いでしたとか、恥をかかせやがって、最低だ。

 俺はこのやり場のない怒りを枕にぶつけ、意味もなくうろうろと部屋を歩き回った。

 めっちゃくちゃ腹は立っているが、俺は研究者、事実がはっきりしないのは嫌いだ。

 これまで自分に降りかかった事実を総合的に判断すると、答えはひとつしかない。

(も……もうダメだ、俺……)

 ひとしきりうろうろして考え事を終えると、押しつぶすか締め落とすように抱えていた枕を諦めるようにベッドへ放り出した。

 ふらふらと机に手を突き、うなだれる。精神的な疲労のせいで身体が鉛のように重かった。


(どう考えても、あいつのこと好きになってるじゃん…………!!)


 これって俺がちょろいのか?

 さっき結論を出したばかりなのに釈然としなくて、抗議の唸り声をあげながら何もない机を睨む。

(人間で男で異世界人……。三重苦もいいとこだよな。向こうだって、慕ってくれてるのは確かだと思うけど、どこまで本気なんだか分からないような態度だし。まともに取り合ったら拍子抜けっつーか、俺がダメージ食らうだけかも。確実に俺より先に寿命が来て死んじまう命なんだし、変に悩まされるくらいなら、あいつの言葉も俺の気持ちもなかったことにしたほうがいい)

 自分を守る理屈は次々思いついた。

 だけど残念ながら、俺の心はそのどれにも納得しない。

(でも……もしあいつに出会わなかったら、とか。そんなの絶対、つまんないだろ……)

 ユーゴがやっていたソシャゲの俺は、それこそユーゴに出会えなかった世界線の俺だ。

 そんな自分を想像するだにぞっとする時点で、もうどうしようもないのだ。

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