第4話 雑魚寝

 リンと晶穂は一体どういう関係なのか。それを幼いとはいえリンに尋ねられ、晶穂は答えに窮してしまった。


(こ、恋人ですって答えるのは多分駄目、だよね。それこそタイムパラドックスだ。……でも、ただの仲間とか友だちも違うし)


 何も知らない九歳の男の子に、どう答えるべきか。晶穂はしばらく悩み、そして一つの答えに達した。


「わたしとリンくんは」

「はい」

「……特別な気持ちを共有している大切な人、かな」

「特別な気持ち?」


 それは何。当然、リンに晶穂はそれを尋ねられた。しかし、未来のことを教えるわけにはいかない。晶穂は人差し指を口元に持って行き、柔らかく「秘密」と応じた。


「多分、大きくなったらわかると思う」

「むー……わかりました。それまでのたのしみ、ということにしておきます」

「うん、そうして」


 その後、晶穂とリンは他愛もない話をした。食べ物は何が好きか、どんなことをして過ごすのが好きか。そして、ジェイスや克臣についても。


「……ということがあって、かつおみさんが……」

「ジェイスさん、リンのことが可愛いんだよ。この前ね……」


 晶穂は出来る限り未来に影響しないか頭の中で考えつつ、二人の話をする。それでも幼いリンは嬉しそうに話をして話を聞いてくれ、ホッとした。


「……あ、ゆうがたですね」


 気付けば、西の空が赤く染まっている。リンが少し残念そうなのは、もうすぐ今の時代のリンと入れ代わるからなのか、それとも記憶も全て元に戻るからなのか。

 玄関の方から、年少組の「ただいま!」という元気な声が聞こえる。それを出迎えるジェイスと克臣の声もすることから、仕事も終わったのだろう。

 晶穂はカタンと椅子から立ち上がり、ちらりとキッチンの方を見る。


「みんな帰ってきたね。そろそろ、夕食の準備かな」

「おれもてつだいます」

「ありがとう。よろしくね」

「――はい」


 晶穂とリンが支度を始めると、仲間たちもやって来る。ドライカレーをみんなで作り、食べながら賑やかな時間を過ごした。


「ふぁぁ……」

「ああ、もうこんな時間か」


 何人かが欠伸をし始めた頃、時計の針は寝る時間を指し示していた。そこでの問題が一つ。


「リン、どうする? 何があるかわからないし、一人で寝かすのもどうかと思ったんだけれど……」

「えっと……」


 ジェイスに問われたリンは、迷う素振りを見せた。そのやり取りを見ていたユーギたちが、ぱっと目を輝かせる。


「みんなで寝る!?」

「雑魚寝ってか?」

「みんな楽しくて寝なさそうじゃないか。明日もあるんだから、夜更かしは感心しないぞ」

「えぇ〜」

「……何でそこで、お前まで残念そうにするんだよ、克臣」


 呆れ顔のジェイスに、一転してニヤッと笑ってみせる克臣。彼の手は、幼くなったリンの頭に乗せられる。


「わっ」

「だってさ、小さいリンなんてもう会えないと思ってたし。あの頃はこんな感じだったよなって思いながら話すの、滅茶苦茶楽しかったし?」

「それは私もだけどな……」

「お、本音」


 けらけら笑う克臣の頭にチョップを落とし、ジェイスはリンと目線の高さを合わせた。


「こんな機会、もうないだろう。リンが決めたら良いよ。……明日、お前に記憶が残っているかどうかはわからないけどな」

「……わかりました」


 少し考える素振りを見せたリンは、小さな声で「いつも一人で寝てるなら、一人で寝ます」と答えた。


「おや、どうして?」

「たぶん、このじだいのおれがめざめてみんなとねてたら、びっくりするんじゃないかっておもって」


 ジェイスに問われ、リンは自分の考えを言った。確かに色々と経る前のリンならば、積極的にメンバーとくっつくことなどないだろう。勿論自らスキンシップを取ることは今もほとんどないが、リンの答えにユーギが首を傾げた。


「団長、何だかんだみんなで何かやるの好きだから、内心喜ぶと思う」

「滅茶苦茶照れそうだけどな、あいつの場合」


 ククッと克臣が笑ったのを皮切りに、流れは全員で雑魚寝の方へと行ってしまう。それに最も驚いたのはリンだ。


「え……」

「あー、うん。そうだよな。信じられないかもしれないけど……リンにもこれから実感することがあると思う」


 目を丸くしたリンが、ジェイスに助けを求めるように視線を向けた。それに対し、ジェイスは苦笑いを浮かべつつ答えを濁すしかない。これは、未来に関することになるからだ。

 ジェイスが回答をあやふやにしたことで、他のメンバーも「あっ」という顔をする。少し気まずい空気が流れたが、晶穂が「お布団敷きましょう」と言ったことで皆動き出す。



「何処に敷きます?」

「あっちの客間で良いんじゃないか? 広いのあっただろ」

「じゃあ、そうしましょう」

「お布団、持って来るね」


 そんな会話が交わされ、十分後には広い客間に布団が敷き詰められていた。とはいえ、ここで寝るのは男子だけだ。


「後で怒られるのは俺たちだからな」


 克臣はそう言ってニヤッと笑うが、誰に怒られるのかは言わない。皆まで言わずとも、全員がその『誰か』が誰かはわかっている。当然、リンを除いて。


「晶穂さんはご自分のお部屋ですか?」

「うん、そうだね。でも、折角だから誰かが寝るまではここにいようかな」


 春直から抱き枕を受け取り、晶穂は微笑む。

 順番に寝る支度を整え、ワイワイと集まる面々。リンはジェイスと克臣の間に座り、ようやく慣れて来た賑わいを眺めていた。


「なんか、ゲームしませんか?」

「枕投げとか?」

「家具とかにぶつかるから、却下」

「じゃあ、しりとり!」

「えーっと、しりとりの『り』!」


 それから一時間程、優勝者を変えながらしりとりが白熱した。更に雑談や手遊びなどを経て、二時間もすると何人かが舟を漕ぎ始める。


「そろそろ明かり消すぞー。喋りたい奴は、暗くても良いなら喋れよー」

「はーい」

「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ、晶穂」

「また明日ね」

「……おやすみなさい」


 一番眠そうなリンを含む仲間たちに手を振られ、晶穂は客間を出て自分の部屋に戻った。静かな部屋で、少しだけ寂しくなる。


(いやいや。明日になったら、きっと今のリンが戻って来るから。そうなったら……あのリンくんはどうなるんだろう?)


 後一時間もしないうちに、日付が変わる。晶穂はベッドに潜り込み、すぐに瞼を閉じた。

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