第3話 みんなでお昼を

 ブルームーンの翌日朝、リンが幼児化した。のみならず、記憶も当時まで巻き戻っているらしい。晶穂たちはタイムパラドックスを極力起こさないよう、細心の注意を払うことにした。

 とはいえ、幼いリンの不安を極力取り除くため、ある程度は仕方がない。


、どうかした?」

「えっと……。ひるごはんをつくるんですよね、てつだえることはありますか?」

「ありがとう。なら、ユーギたちと一緒に食器を並べてくれるかな?」

「わかりました」


 幼いリンが頷き、パタパタと駆けて行く。その後ろ姿を見送り、晶穂は内心その可愛らしさに悶えていた。


(可愛い……っ。子どもの頃のリンを見てみたいって思ってたけど、あんなに可愛かったとは)


 真紅の瞳はまん丸で、九歳のリンは口調こそ丁寧だが声が高い。更に基本的に見上げてくるせいもあり、かっこよさよりも可愛さが勝る。


(……だけど、多分ユキたちと離れ離れになった後なんだろうな)


 ユーギたちとわいわい楽しそうに食器を並べながら、ふと一人になった時の目は寂しそうだ。少し暗い影を感じるのは、大切なものを失ったからだろう。わずかに、リンと出会った当時の空気を感じるなと晶穂は思った。

 そんな晶穂に、影が差す。見れば、克臣が覗き込んでいた。


「晶穂」

「あ、克臣さん」

「手が止まってるぞ? どうした?」

「あっすみません!」


 晶穂は、慌てて手元を見た。その手には包丁があり、サンドイッチを切っていたことを忘れかけていたのだ。

 克臣は「慌てなくていいぞ」と笑い、自分の作ったサラダをテーブルへと運ぶ。


「お前ら、支度ありがとな。ジェイス呼んできてくれ」

「わかりました」

「あ、ぼくも行くよ。唯文兄ただふみにぃ!」


 唯文とユキが食堂を出て行き、残ったメンバーで昼食の支度を進める。今日何人かいないメンバーがいるが、彼らはリンが幼児化したと知ったらどんな顔をするだろう。晶穂はそんなことを考え、ふっと微笑んだ。

 その時、食堂の方から年少組の会話が聞こえて来た。ユーギと春直だ。


「ジェイスさん、仕事?」

「うん。今日やっとかなきゃいけないのがあったみたい」

「そっか。幾つか報告書も上がってきてるみたいだし、後で手伝えることないか聞きに行こうかな」

「ぼくも行くよ」


 一時的に、唯文とユキと共にリドアスの留守を預かったことのある二人だ。書類整理くらいなら、と頷き合う。

 その会話を聞いていたからか、幼いリンが「ごめんなさい」と俯く。


「お……ぼくがこうなったせいですよね」

「リンくんのせいじゃないよ!」


 涙声が混じっていることに気付き、ユーギが慌てて首を横に振る。

 リンには、本当の年齢について伝えてあるのだ。十年以上体と心、そして記憶が遡っていることを知り、リンは驚いていた。


「ジェイスさん、克臣さんが途中で放置してる仕事を代わりにやってるんだって言ってた。だから、リンくんのせいじゃないよ」

「俺のか」


 肩を竦める克臣に苦笑いし、晶穂は切り終わったサンドイッチを皿に乗せた。お腹がいっぱいになったら、きっと大丈夫。

 丁度そこへ、唯文とユキに背中を押されたジェイスが現れる。眉間を指でこすり、それから食堂の様子を見て目を細めた。


「みんな、用意してくれてありがとな」

「ジェイスさんも! 克臣さんの分まで仕事お疲れ様」

「克臣の? ……ああ、そうだね」


 春直が言った言葉にきょとんとしたジェイスだったが、瞬時に状況を理解してニヤリと笑う。


「克臣、外の仕事も忙しいと思うが、内勤も頼むぞ?」

「わかってるさ。ありがとな」

「ふふ。どういたしまして」


 全員が揃い、和やかに昼食が始まる。リンはちょっと戸惑っていたが、ジェイスに手招かれて彼の横に腰を下ろした。


「ほら、リン。食べてみな」

「……なんか、おおきくなったジェイスさんやかつおみさんといっしょにたべるってへんなきぶんです。おれがしっているふたりは、もっとちいさいから」

「昔の俺たちも、今の状況を見たら驚くだろうな。そう思わないか、ジェイス?」

「ああ、そうだね。……本当に色々あったから。きみが過去から来たのか、それとも今のリンが幼児化したのかはわからないけれど、もし過去から来たのなら、未来はきっと大丈夫だと何処かで覚えていてくれたら良いな」

「……はい」


 たまごサラダのサンドイッチをかじり、リンは小さく頷く。それからわいわい賑やかに食事をするメンバーを眺め、楽しそうに目を細めた。


「――リンくん、みんなと一緒じゃなくて良いの?」


 昼食後しばらくして、皆それぞれにばらけた。克臣はジェイスと共に仕事に戻り、年少組はリドアスの何処かにいるはずだ。リンは年少組かジェイスたちと共にいると思っていた晶穂は、リンが自分と共にいることに少しびっくりしていた。

 現在、晶穂はリビングのような広間でくつろぎながら本を読んでいたのだ。当然、読む手は止まっているが、その原因は幼いリンが横に座ったためである。

 晶穂の指摘に、リンはこくんと頷く。


「ジェイスさんとかつおみさんが、あきほとすこしはなしてやれっていっていたんです。あなたのことは、ユーギさんたちとおなじでよくしらないからだからだとおもいます」

「……うん、そうだね」


 本当は、少し違うのだろう。晶穂は何となくジェイスと克臣の言いたいことがわかり、苦笑いを浮かべた。


(二人は、気を使ってくれたんだと思う。わたしが小さなリンと話したいんじゃないかって)


 大人のリンがいなくなり、子どものリンが姿を現した。ブルームーンの影響だと言い、おそらく明日には子どものリンはいなくなる。

 リンと晶穂が初めて出会ったのは、お互い大学生になってから。つまり九歳のリンからすれば、十年以上後のことになる。

 晶穂は目の前の小さな男の子があのリンだと意識しないよう努めながら、出来るだけ自然に話しかけた。心臓の鼓動が少し速いのは、きっと気のせいだから。


「何お話しようか? あんまり未来のことを話すのは良くないらしいけど、それ以外のことならお話し出来るよ?」

「うーん……じゃあ」

「うん」

「……あきほさんは、おれにとってどういうひとなの?」

「――えっ!?」


 思いがけない質問をされ、晶穂は思わず固まってしまった。

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