第2話 リンの災難?

「どうした!?」


 晶穂の悲鳴を聞き、ジェイスたちがリンの部屋へと駆け付ける。最初に飛び込んだジェイスが見たのは、ベッドの横で口に手を当て固まっている晶穂の姿。そして、ベッドで上半身を起こしている姿


「え……?」

「あ、みんな!」


 仲間たちが来たことに気付いた晶穂が、様々な感情を混ぜた困惑顔で口を開く。


「リンを起こしに来たら、この子がいたんです」

「あの……何なんですか、あなた方は?」


 ずりずりと体を壁の方に寄せ、子どもらしい高めの声で疑問を口にする小学校低学年くらいの男の子。彼の紺に近い黒髪と赤い瞳を目にして、ジェイスと克臣は顔を見合わせる。


「克臣、あれはもしかして……」

「ああ。でも、そんなことってあり得るのか?」

「ジェイスさん、克臣さん。何をこそこそ話してるの?」


 年長者二人の不自然な様子に、ユキが割って入る。するとユキの背中を克臣が押し、何故かぐいぐいと年少組を全員廊下に押しやった。室内にジェイスと晶穂、そして謎の男の子を残して戸を閉める。


「克臣さん、どうしたんですか?」

「何でぼくらを廊下に?」


 唯文と春直が問いかけると、克臣は「しーっ」と口元に人差し指を立てた。それから四人を呼び、声を低く小さくして囁く。


「あのベッドにいた子どもなんだが、ほぼ間違いなく……」


 同じ時、ジェイスがベッド脇に膝をつき、男の子を見上げて口を開いていた。


「……きみは、リンだね?」

「えっ」

「そうです。あの、あなたは?」


 名前を言い当てられ、子どものリンは目を丸くした。そして怪しみながらジェイスの顔をじっと見て、首を傾げる。


「あれ? でも……んー?」

「思った名前を言ってくれれば、きっと当たっているよ、リン」

「……じぇいす、さん?」

「正解」


 ジェイスが「良く出来ました」とリンの頭を撫でると、リンは嬉しそうに目を細めた。そして改めて、ジェイスにリンは「この人は?」と訊く。


「この子は晶穂。私たちの仲間だ」

「なかま……」

「そう。ところでリン、今幾つかな?」


 後ろの方で、克臣がそわそわしている。しかしジェイスは、戸惑っている幼いリンに状況を説明することが大事だと考えていた。克臣をスルーし、ジェイスは膝をついたままでリンの答えを待つ。

 するとリンは、おずおずと指で年齢を示した。


「きゅうさい」

「そっか。……じゃあ、ちょっと難しいな」

「じぇいすさん?」

「何でもないよ、リン。戸惑うだろうが、ここにきみの敵はいない。私が保証するよ」

「……わかった。じぇいすさんがそういうなら」


 少し待っていて。ジェイスが言うと、リンは素直に頷いた。思いがけないことが自分の身に起こり、頭をたくさん使ったからか眠そうだ。ぐらぐらと船を漕ぐリンを自分にもたれさせ、晶穂は微笑んだ。


「リン……くん。寝ていても良いよ。ジェイスさんが戻って来たら起こしてあげるから」

「は……い……」


 眠気に耐え切れなくなったのか、リンはふっと意識を手放した。そのままズルズルと動いて、晶穂の膝に頭を乗せて寝てしまう。

 すーすーと規則正しい寝息をたてるリンを見下ろし、晶穂はクスッと笑った。リンの顔を覗き込んだジェイスが、苦笑をにじませる。


「……寝たな」

「はい。ジェイスさん、わたしが見ていますから」

「わかった。頼むね」

「はい」


 晶穂にその場を任せ、ジェイスは克臣たちを伴って食堂まで戻る。食堂の机の上は、慌てて出て行ったままになっていた。とはいえ、ものが散乱しているなどはない。


「ジェイス、ありゃあどういうことだと思う?」


 椅子に座って開口一番、克臣がジェイスに問いかけた。その問いはその場にいた全員が抱えているものであり、ジェイスは肩を竦めて「わからない」と答える他ない。


「こんなこと、初めてだ。……でも、ブルームーンの仕業だっていう可能性が一番高いだろうな」

「……ああ。夜の月、綺麗だったもんな」


 克臣の言う通り、昨晩の月は稀にも見られない美しさだった。一種の魔力を持っているのではないかと錯覚するほど、青く美しく輝いていた。


「でも、ぼくは何ともないよ?」


 ユキが手を挙げ、首を傾げる。ユキも純血の魔種であるため、兄のリンと同じように幼児化してもおかしくなかった。

 しかし、ユキの身には何も起こっていない。


「ぼくにも何か起こると思ったんだけど……」

「まあ、今回は少なくともユキではなかったんだろうな。……だが、リンのあれは私たちに関する記憶も後退しているらしい」

「ってことは、五歳のリンと同じってことか? タイムトラベル的な?」

「もしくは、ただ体と記憶が幼児化したのか。正直、どちらかを判断することは出来ないな」


 皆がどうするか悩む中、晶穂はようやく気持ちが落ち着いてきていた。


「……でも、リンであることに変わりはないんですよね? 色々わからないっていうのはありますけど」

「そうだな。リンも、目覚めたら知っている場所のような知らない場所のようなっていうことで不安だろうし」

「はい。だから、あんまりこっちが気負ってもいけないかもなって思います」


 本当は、晶穂も不安だ。万が一リンがもとに戻らなかったら、彼は晶穂との関係性を忘れたままになってしまう。


(そうなったら、どうしよう……)


 考えただけでも、晶穂の心は暗くなる。それが顔に出ていたのか、克臣がぽんぽんと晶穂の頭を撫でた。晶穂が顔を上げると、大丈夫だと微笑む。


「ブルームーンの影響は、今日だけのはずだ。明日には、いつものリンに会えるだろうさ」

「……はい。そうですよね。すみません、ちょっと不安になってしまって」

「晶穂さん、ぼくも不安だから……一緒だね」

「ユキ……」


 ブルームーンの影響は、一日で終わるはず。そう思っていても、ユキも晶穂と同様に不安らしい。リンが仮に九歳に戻っているとすれば、ユキを失った直後の可能性があるからだ。自分がここにいることは、幼いリンにとっては混乱の材料になりかねない。

 ユキがそれを指摘すると、皆難しい顔をする。幼いリンにどう説明したものか。


「……それも含め、相談しながら決めていこう。一先ずは、誰かリンについていてやって欲しいんだけど」

「ジェイスが良いんじゃないか? お前なら、リンもわかっているから安心するだろう。後で、俺も混ぜてくれ」

「わかった。様子を見て来るよ」


 ジェイスが席を立ったのを機に、残ったメンバーでの作戦会議が続いた。

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