ブルームーンの悪戯〜『銀の華』番外編〜

長月そら葉

第1話 稀な月

 ※本編のネタバレ宝庫です。それでも良い方のみお進みください。


 ――ブルームーン。

 それは、地球とは異なる世界・ソディールにおいて、数十年から数百年に一度という不定期に空に現れる月のこと。通常の月の光は城に近い黄色だが、この月は名前の通りに透明感のある青色をしている。

 青い月は、魔種に異変を引き起こすという噂があるらしい。


「……ってことらしいんだけど、前回のブルームーンっていつだったの?」


 とある日の昼間、皆が食堂に集まって雑談をしていた時、雑誌を読んでいたユーギが問いかけた。ユーギを中心に、年少組はマンガ雑誌を読んでいたのだが、その中に記述があったという。

 それに最初に反応したのは、コーヒーを飲んでいたジェイスだ。


「ブルームーンか。確か、そろそろ現れるらしいね。前回は確か、二百年くらい前じゃなかったかな。前の時のことを知っている人は、なかなかいないだろうね」

「二百年!? じゃあ、レオラとかくらいしか知らないね」

「ブルームーンって何ですか?」


 首を傾げたのは、丁度お茶請けにとクッキーを出してきた晶穂だ。彼女がお盆に乗せて来た籠には、様々な形と味のクッキーが山盛りになっている。これも育ち盛りのメンバーが食べれば、たちどころになくなってしまう。

 晶穂の籠から丸いクッキーを取った克臣が、パキンッと良い音をさせてクッキーをかじった。


「何だっけ。確か、滅茶苦茶珍しい青い月だろ。所謂、天体ショーみたいなもんじゃないのか?」

「珍しいだけじゃないんです。魔種に何かしら影響を与えるという話があって、おそらくブルームーンの日は、みんな家に籠るんじゃないでしょうか」


 紅茶を一口飲み、リンが応じる。

 銀の華では、リンとユキの兄弟が魔種だ。魔種とは、魔力に特化した種族のことを指す。黒っぽい髪色と漆黒の翼を持つことが知られている。リンもユキもそれに該当するが、必要な時以外は翼を仕舞ってあった。

 説明を聞き、晶穂は眉を寄せる。


「リン。影響って、どんなもの?」

「一時的なものらしい。魔力が下がったり、食欲が増したり、なんていう事象の記録はあったかな」

「面白いものでは、一日だけ時間が巻き戻って幼児化する、なんていうのもあったよ」

「幼児化……。出来れば願い下げですね」


 ジェイスの言葉に苦い顔をしたリンだが、まさかこの後でそんなことが起こるとは思いもよらなかった。

 でも、と雑誌を閉じた唯文が言う。


「全員に変化が起こるわけではない、というのも読んだことがあります。条件はわかりませんが」

「全員じゃないの? じゃあ、団長とユキは当てはまらないかもしれないってことですね」

「そういうことだよね、春直。幼児化した団長とユキなら見たかったな。体調不良とかは見たくないけどさ」

「……よかった。後半の言葉がなかったら、ユーギのことこちょこちょの刑に処してた」


 ぼそっとユキが呟き、ユーギが「こわーい」と抱きつく。

 キャッキャとはしゃぐ二人を眺めて目を細めるリンは、ふと携帯端末を開くジェイスに尋ねた。


「そんな話題が出てくるってことは、ブルームーンが近いんでしょうか?」

「……うん、そうだね。来週末に、ブルームーンが現れるという予報が出ているみたいだ。気になるかい?」

「もしもアラストの魔種たちに異変があったら、助けられることなら助けたいですから」

「そうだな。まだ時間はあるし、命の危険はない天体ショーだ。気にし過ぎても良くないとは思うぞ」


 ジェイスの言葉に、克臣が頷く。


「そうそう。忘れてるのかもしれないが、リンとユキは魔種なんだからな。当事者ってことはわかってるか?」

「わかってますよ。俺にもユキにもみんなにも、下手なことが起こらないことを願うばかりです」


 息を吐き、リンはクッキーをつまむ。既にクッキーの大半はなくなり、籠の底が見えていた。


 それから一週間、何事もなく日々は過ぎた。しかし週末の夜、空にブルームーンが現れたことでちょっとした騒ぎが起こる。

 朝になっても、いつもの時間を過ぎても、リンが起きてこない。不思議に思ったジェイスが、晶穂を起こしに向かわせる。


「リン、起きてる? もう朝だよ」


 しかし、中からリンの声はしない。首を傾げ、晶穂は「入るよ」と断ってから戸を開けた。


「リン、調子悪い? ……ん?」


 ベッドの脇に立ち、晶穂は初めて異変に気付いた。何かがおかしい。そう思い、そっとリンの掛け布団をめくる。


「え……えええぇぇぇっ!?」


 晶穂の悲鳴がリドアスにこだまし、慌てた仲間たちがやって来るまであと数十秒。


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