第108話
「湊。……大丈夫なのか」.
不安気な開理が俺に近づいてくる。
「問題ない。…お前らは飲むなよ」
「飲まねーよ。…っていうか、効かなくても普通は飲みたくねーだろ」
「まぁ、好んでは飲まねぇよ。
……殺人の手口で使ったりはするけど」
そう、今言った通りに。
俺には効かない。
でも俺の口に残ったものを誰かが口に含めば、死ぬ。
あんまりやりたくない方法だが、何も持ち込めないような状況では使ったりする方法ではある。
「で?如月。わかったか?」
「えっと?」
「.………はぁ。俺らは遺伝子研究で生まれた人間だ。
普通の人間と同じような成長を、すると思うか?」
「……………あ」
ここにいる元実験体は、見た目だけで言えば全員20代前半程度だ。
身長や骨格も。
秋信と往焚がルナに入った頃や、こいつらが蜘蛛に入った頃の姿はだいたい10代後半くらいの姿だったはずだ。
「でも、なんでだ?」
「無理やり優れた遺伝子を作ったんだ。
…ペナルティはある」
「………それはどんな?」
「成長が早く、短命だ」
「…………どのくらいだ?」
如月がメモを取りながら俺の話を聞く。
それをぼんやりと眺めながら、答えていく。
「まだ、この研究が始まってから25年程度だ。
だから、実際どのくらいまで生きて死んだのかはわからない。
でも、成長速度と体の酸化速度を計算して予測ならできる」
「それでいい。教えてくれないか?」
「………長くて30だな」
「……長くてって、人の平均寿命が70とか80のこの時代でか?」
「そう。長くて30。普通なら25程度だな。
実際、俺らより先に生まれた実験体は20から25でほとんどが死んでる」
全員の表情が固まった。
如月の顔も険しい。
思ったよりは仲間思いだったようだ。
それが少し嬉しかった。
開理が俯く。
開理は研究者だ。
今もいろんな研究をしている。
だが、俺たちの寿命に関しては気づいていなかったようだ。
「……それは、どうしようもないことなのか?」
「……………」
「体の中にあるその、特殊な遺伝子とやらを消せば、普通になれるのか?」
「そんな方法があると思うか?」
「………あるわけ、ないよな」
しん、と部屋が静まり返った。
ポケットから一つの箱を取り出し、机の上に置いた。
「……これは、なんですの?」
10センチの立方体。
鍵がついていて、ほんの少し鯖のある鉄の箱だ。
「俺のカバンに入ってた」
「中身は?」
「薬が9本。液体のな」
鍵はピッキングして置いたので、そのまま開けた。
真っ黒な液体の入った細くて小さな試験管が
縦3本横3本で9本入っている。
「こ、れは?」
「毒、ですかね?」
「スッゲー色してる」
「………俺にもわからない。
だけど、入れたのはたぶんゼロだ」
あのバーテンダーAIという可能性もなくはないが、あの家の俺の部屋まで来るにはリスクが高すぎる。
だから、初めて影が現れたあの日、俺たちが外にいる間に入れたと考えるのが妥当だ。
「あいつなら、俺がこのカバンを今回持っていくのを予測していたはずだ。
……と考えると、今寿命の話をしていることも予測してるだろう。
俺がこの薬を全員に見せることも」
「まだ、待ってくれ。…ゼロってやつはそんなにすごいのか?」
青ざめた如月がこっちを向いた。
ゼロを知っている俺たち10人は顔を見合わせる。
苦笑してうなずき合いながら、全員で声を揃えて言った。
《あの人はDevilだから》
もちろん、如月は吐きそうな顔で青ざめていた。
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