第100話

「ナナミさん!こんにちは」


「あ…えっと、ジュン、さん?」


「はい!被験体1234号、ジュンと申します」


「あ…。被験体0073の、ナナミです」


「………何これ。会ったことあるんじゃないの?」





定期的に集団検診があるし、部屋と番号を交換した時に会っていると思っていたのだが…




「だって!名前もらったのはそのあとですもん。

自己紹介は、大事ですよ!」


「あぁ…。なるほどね」




しばらく2人にはここで探してもらうことにした。

2人の身の回りについては、あの3人に頼んでいる。


木田の命令でも、絶対に木田に会わせるなとも言っておいた。




「じゃあ、俺はジュンのデータ打ち込んでくるから」


「え?でも、今日お休みじゃ…」


「やりたいことがあるからね。…いつでも呼んでくれれば来るから。

……無理しないでよね、2人とも」


「あの…ありがとう、ございます。

…開理さんのこと、よろしくお願いします」


「あぁ。…任せろ」




ナナミには、部屋を移る前に説明しておいた。

2人に手を振りながら、部屋を出た。



新しい実験。最高の道具を作る、実験。





俺がどう動いても、2人の子供は逃がせない。

逃せば、そこで俺は殺される。


かと言って、妊娠中の2人を外に出すこともできない。



今俺が死ねば、楽生も2人もどうなるかわからない。





慎重に動かないといけないな。







自分のデスクに向き合い、ジュンのデータを打ち込んだ。



俺だけではどうにもできない。

でも、助けを求めるわけにもいかない。


それなら、絶対に協力してくれる何かを作るしかない。






急がなければ。








その日から、あいている時間全てを"それ"に尽力した。


なかなかジュンとナナミには会えなくなったが、無理やりにでも時間を作り、5分でも10分でも会いに行った。




嬉しそうに俺を迎えてくれる2人を見て、泣きたくなる。



開理も、連れてこれればいいのだが…

木田に、ナナミと開理を接触させることは禁止されている。




もちろん、開理をジュンに会わせることもできない。








「ふぅ…」


「よっ!咲夜。なんかいつも頑張ってるな。

大丈夫か?」


「あぁ。…開理か」


「おう」




ことり、と俺のデスクにココアを置くと、俺の手元を覗き込んできた。

それをありがたくもらった。


ふんわりと甘い、ココアの味が口に広がる。

甘さ控えめで作ってくれたようだ。




「これ、なんだ?」


「あぁ…。これは、俺の最期の抵抗だよ」


「最後の抵抗って、なんだそれ」




あはははっ、と開理が笑った。

俺もそれに合わせて笑っておいた。


きっと、俺が言った"最期"の意味は知らないだろうな。




「ほら、木田がいつも俺に喧嘩売って来るだろ?」


「あー、確かに」


「だから、一回でいいからギャフンと言わせてやろうと思ってな。

……木田には秘密だぞ?」


「あははっ!はいはい、わかったよ」



もう夜遅く、部屋に残っているのは俺と開理だけだった。




「なぁ、開理」


「なんだ?」


「お前、自分に恋人がいたって、覚えてないか?」


「は?…俺に、恋人?」


「あぁ」








ごめん、楽生。

俺は嘘をつく。



でも、知ってたんだ。

お前がナナミを愛してること。


お前は自覚してなかったみたいだけど。





これは俺のエゴだ。

子供が生まれれば、ナナミとの接点がなくなる。




俺がナナミと開理を会わせることができないから、自発的に動かすしかない。




だから、楽生。

忘れてしまった大事な人を、探してくれ。

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