第96話
「…私の特殊は、"理解"です」
「理解?」
「言葉の断片、歩き方、表情、この部屋を通った人が持っている資料。
そう言ったもので、だいたい全て理解できます」
「………すごいな。じゃあ、さっき言ってた、生まれた子供が"生まれたというデータさえない"、と言ってたのはどこからわかったんだ?」
「定期検診で集められた時に、近くにいた研究員さんが資料を持っていたんです。
私たちはある程度の教養しかありませんから、何も知らないふりをして見てみたいといえばだいたい見せてもらえたりするのですよ。
…まぁ、どうせわからないだろ、と笑われるのですが…
そこに、実験体の番号と生まれた子供の記録が書いてあったんです。
それなのに、1年前の日付から子供の記録が空欄続きになっていました」
「……研究員として果てしないアホだな、そいつ」
「あはは…。でも、その研究員さん、ルナでしたよ」
「え」
「もうすでにここの研究員は半分以上ルナの組員です。
…楽生さんが籬開理としてここに来たのは数日前。
それなのに、潜入スパイとしてここにいさせると通達されるのが早すぎます。
咲夜さんが知らなかったことを、なぜ研究員が先に知っているのですか?」
「あ」
パニックになりすぎてて盲点だった。
確かにそうだ。
木田が帰ったあと、俺はすぐに開理を部屋に通した。
あの時点で全員が楽生を開理であると理解していたのは、おかしい。
「少し整理していいか?」
「はい」
「この研究組織を作ったのは楽生だが、裏で木田が糸を引いていた。
俺たちはまんまと騙され、木田の思惑通り特殊な人間を産ませる方法を掴んだ。
木田はその間にこの組織を乗っ取る準備をした。だから、ここには半分以上ルナの研究員が混ざっている。
さらに研究が進んで来たところで、木田は俺と楽生の遺伝子を持つ子供を利用したいと考えた。
…楽生はいい目を持っていたらしいしな。
俺は何もないはずだけど。
それを新たな実験、最高の道具の育成に使おうとしている、と」
「ざっくりだとそういうことです。
それと、私と咲夜さんの子供のことなのですが…」
「あぁ。…どうした?」
また言いにくいことらしく、ジュンは片手で胸元をキュッと掴んでいる。
口元をきつく噛み、眉も寄せていた。
「……教えて、ジュン。
俺は…わからないのは嫌だ。
俺には、ここを立ち上げた責任がある。
俺について来てくれた人のためにも、俺をここに誘ってくれた楽生のためにも、知らなきゃいけないんだ」
ジュンの目がギュッと瞑られる。
苦しそうに、ゆっくりと口を開いた。
「………木田さんは、咲夜さんに、……人間じゃないものを産ませようとしていたんですよ」
「…人間じゃ、ないもの?」
「…はい」
「木田のことよく知ってるのか?
会ったことあるのか?」
「はい。…兄、ですから」
「は…?」
…………いやいや、待てよ。
カミングアウト過ぎるだろ。
なんでだ。
俺、今絶対目が点になってる。
「5歳まで、私は木田家にいたんですよ?
監禁状態だったので、外は見たことないんですが…
移動はいつも目隠しにヘッドフォン、毛布にぐるぐる巻きで、さらに睡眠薬で眠らせられていましたから」
「厳重だな」
「はい…。でも、子供ってなんにも知らないじゃないですか?
それに、この私の理解力。
木田家にとって都合の悪いことを言ってしまう可能性だって、少なくなかったんです」
小さな女の子にすることとは思えないが、音も視界も触れるものも、車の揺れさえジュンにとっては情報なのかもしれない。
だとすれば、仕方のないやり方といえばそうなるか。
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