第92話

「俺がここまで覚えてるってことは、ゼロも覚えているはずだ。

…咲夜と話したこともあるだろう」


「……小さな赤子が話せるわけないだろう」


「話せなくても会話はできる」


「どうやってだ?」


「指を握らせ、二回握ったらNO、

一回ならYES。これなら話せる。

理解できたらYES、できなかったらNOと答えさせればいい」


「生まれたばかりの子供が言葉を理解していた、と?

そんなわけないだろ!」


「ゼロは理解していた。それは断言できる」


「なんでだよ!」




開理がどんどんヒステリックに叫び始める。

それはそうだ。

どう考えてもありえないことを言っているのだから。



如月の表情も歪んでいる。

あまりにも突拍子のない話だ。




「……俺がゼロに初めて会ったのは1歳の時だ。

その時、ゼロはすでに言葉も文字も理解し、話していた」


「は……?」


「ウソだろ」


「ウソじゃない。俺に文字と言葉を教えたのはゼロだ。

…突然渡されたペットボトルの開け方も、離乳食しか食べたことのない俺らが、パンの耳を渡されても、食べられるような状態にできたのも。

全部教えてくれたのはゼロだ」


「…………」




全員が動揺している。

俺までその空気に飲まれるわけにはいかない。


ふぅ、と大きく息をついた。




「……開理」


「……なんだ」


「咲夜は、普通の人間だ」


「………そりゃそうだろう」


「なんの特殊なものもない、人間だ」


「そ、それはない!だって、あいつは…

あいつは異様に優秀で、俺の目もナナミの読心も通用しなかったし、それに、」


「むしろ、人より劣ってたんだ。

あの人は」


「な、にを、」





足にプレートをつけられた時、そっと頭を撫でられたことを思い出す。

苦しそうに笑いながら、ごめんな、と言っていた。







ーーーーごめんな。俺に何か秀でるものがあれば、こんなことにはならなかった。

…お前の親父さんとお前だけは、俺の愛する家族だけは、きっと、守ってみせるから







今だけは、耐えてくれ。









ゼロのやることには意味がある。

いつだって無駄なことは一つもしてこなかった。





「一つ特殊があったとすれば、鈍感だったのかもな」


「咲夜が、鈍感?」


「そう。まっすぐな人だった。

…処刑される時さえ、笑顔だったんだから」


「…………っ」








全部話す気にはなれなかった。






でも、ゼロはきっと、全部知っていたのだろう。

わかっていて、知っていて…


でも、咲夜は大事な人を守りたかっただけだ。




守るために、処刑されなければならなかった。






それが惨(むご)ければ惨いほど、咲夜にとって都合が良かった。








実際に、そのおかげで俺たちは"正常に近い状態"を維持できているのだ。






咲夜を化け物だと言った人がいた。





でも、俺は違うと思う。







あの人こそ、誰よりも人間だった。








あの人こそ、人間だ。











本当は今日話さなければならないことがたくさんあった。

でも、今日はまだ、無理な気がした。



そして、"話す必要がなくなってしまった"。










開理は、楽生だった。


咲夜はゼロの父親で。








あぁ。








やるせない。








俺が動き始めた時には、もう全てが遅かったのだ。








もうすでに、全て終わったのだから。

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