第89話

「え…湊さん⁉︎」




往焚が俺に駆け寄り、背に手を当てた。

慰めるように撫でてくれるその手が、今求めている者の手ではないことに胸が締め付けられる。





ーーーーガチャ






「え…、み、湊さん?」


「え。どうなってんの、これ」





遅れて蒼と晶が入ってきた。




机に広がる地図。

全員総立ちして、動揺している上、泣いている俺。





みっともないとわかっていても、涙が止まらなかった。





「……俺は」





全員が俺を見ているのがわかる。


ゆっくりと口を開いた。






「俺がつけられていたのは、1234だ」


「え……?」


「0は俺じゃない。

…お前らが言う、記憶媒体No.000が、ゼロだ」


「…………どういう、こと、ですの?

だって、0は外組でしたのよ?

1234は記憶媒体組だったはずじゃ…」





もう、耐えられそうになかった。

ふらりと歩き出す。





「……少し、時間をくれ」





バタン、と扉が閉まった。



そのまま甲板に向かう。







綺麗な空があった。

でも、空気は冷たい。

体がどんどん冷えていく。



策に寄りかかりながら、その場に座り込んだ。


片膝を立て、ぼんやりと空を見つめる。






すぅっと肺いっぱいに息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。






ーーーーあなたを殺す







そうか。

そういう意味か。




いつまでたっても殺しに来ないから、ハッタリなのかと思っていたら。


これは、死ぬより苦しい。







「湊」


「……………」





コツコツという足音が、俺の前で止まった。

見なくても開理だということはわかる。






「……大丈夫か?」


「……開理」


「なんだ?」


「とんでもないやつだな」


「えっと…?」





誰がこんなシナリオを描いたのか、わからなかった。

1人で描いたものではないことはわかっていたが…




ただ、全員が守りたいものを守ろうとした結果、ってか?






「なぁ、親父」


「………っ!…どうした?」


「…お前の特殊が、目だったんだろ」


「………………」


「で、俺の母親は読心」


「…………………」


「咲夜と、咲夜の相手の特殊はなんだったんだ?」


「………咲夜は、どんな特殊も効かない体質だった。

俺の目も、読心も、あいつには何の効果もなかったよ」


「…相手は?」


「血液が特殊だったのと、未来視だったはずだ」


「………なるほどね」





瞳を閉じた。

視界が遮られると、感覚が鋭くなる。



風の冷たさが、さっきよりもはっきりと伝わってくる。







肌を突き刺すような、そんな冷たさだった。

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