第87話

「恩人って、湊さん何したんですか?」



秋信が首を傾げた。

俺も色々やっているから、その仕事の中でこいつらを助ける結果になったものがあったのかもしれない。



心当たりはないが。




だいたい、如月がいる蜘蛛と仲良くするつもりはない。

たとえ"こいつら"だったとしても。




「悪いが、恩人と言われるようなことをした記憶はない」


「恩人って言われる人はだいたいそう答えるものですのよ。

それでも、わたしたちにとってはあなたが恩人なのです」


「………………」


「ふーん?あんたら、湊さんに何してもらったんだ?」




それにしたって、この人数にそうとうな恩を感じさせているのだ。

心当たりがないなんてこと、普通はありえない。



でも浮かんでこなかった。





「………最終試験のとき」




ポツリ、と千春が言葉を漏らした。




「………最終試験のとき、俺たちは湊さんに助けてもらった」


「え…。どういう、ことですか?」




秋信が動揺している。

往焚もじっと千春を見つめていた。



「俺たちはな、無名組織で実験されてたんだ」




大地が引き継ぐように話した。

記憶媒体と、殺人兵器を作るための実験の話を。




「ま、待って、くださいよ。

まさか、そんな…」





秋信と往焚の視線が彷徨う。

異常な動揺のしかたで、他の面々まで動揺し始める。




「……大地。それで?最終試験がどうした」


「あ、あぁ。…最終試験に残ったのは、9人だった。

俺たち6人と、湊さん。…そして、死んだ2人」


「………………」


「待って待って。それ、俺聞いたことないんだけど?」




如月だけがついていけていない。

仕方なく簡単な説明だけを如月にした。



特殊な脳や体を持った赤子が集められ、記憶媒体と殺人に特化した"道具"の育成がされていた、と。



「あ、あぁ。俺たちは殺人用だったんだ。

それで、最終試験に残ったのは9人。

その試験内容は、仲間を殺して最後に生き残った1人を合格とする、ってやつだ」


「なんだ、それは。…そんなことしてたのか、あの組織」


「はい」


「……如月。詳しく知りたければ後日こいつらから聞け。

で?それのどこに俺への恩がある」


「本当に覚えてないのですね。

…開始と同時にわたしたちは、囲まれた柵にしがみつきました。

やめてくれ、もうできない、と。

そんな中、湊さんはわたしたちに斬りかかってきたんです」


「………………」





おい。待て。

なんで、そうなってるんだ。





「死んだと思ったんです。

深めに刺されていましたし…。

でも、目が覚めたら、車の中でした。

運転手が誰だったのかは見えませんでしたが、わたしたち6人は小さな小屋に連れて行かれ、そこにいた老婆が手当てをしてくれたのです」


「……………………」


「………それから少しして、俺たちは如月さんに蜘蛛に入らないかと誘われた。

その老婆が如月さんの知り合いだったらしくてね。

蜘蛛に入ってから知り合った科学部の人に当時の服を調べてもらった。」


「………………………」


「…………そしたら、切り口にかなり強い睡眠効果のある植物が塗られていたと言われたんだ」





待て。

待ってくれ。






それは、俺じゃ、ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る