第82話

「あ…こんにちは」





ストレートボブの黒髪に、タレ目の瞳。

肌は白く、赤い唇が妖艶だった。



実験体73号はベッドに足を抱えて座っていた。




「どうも。…ってか、なんでその姿勢?」


「あ…いえ。特に意味は…」




73号の視線はチラリと楽生に向けられている。

何か気になるのだろうか。




「実験体73号。間違いない?」


「はい」


「じゃ、データ取るから。

……楽生。73号の隣座って手でも握ってて」


「は⁉︎」




スタスタと歩み寄り、作業を進めて行く。

最初は戸惑っていたが、しばらくしておずおずと楽生も73号の隣に座った。



でも、手を繋ぐのはいまだに躊躇している。




「……楽生。それじゃモテないよ」


「う、うるさい!…別にモテなくていいんだよ!」


「へぇー。そう。……へぇー」


「な、何なんだよ!」


「別に。何もいつまでないけど」


「ふふっ」





俺たちの会話を聞いて、73号が笑った。

その顔を見て、楽生がびっくりしたように目を見開く。


1年…正確には9ヶ月も一緒にいたのに、笑顔一つ見たことなかったのだろうか。




「えっと、あなたは…」


「咲夜」


「え?」


「俺は咲夜。…知ってると思うけど、君のお相手は楽生」


「楽生、さん?」




どうやら、楽生の名前も知らなかったらしい。

気まずそうにそっぽ向いてる楽生に一瞬だけ視線を移す。



名前も言えないなんて、ヘタレかよ。




……まぁ、俺も最初はジュンに名前を教える気なんてなかったけど。





「ねぇ、73号」


「はい」


「言いにくいから適当に呼んでいい?」


「はい。お好きにどうぞ」


「……楽生」


「…………なんだよ」


「楽生が決めて」


「なんでだよ!」


「お前の女だろ」


「………なんか、ニュアンスが違う気がするけど」





はぁ、とため息をつきながらも、楽生は考え始めた。



俺はその間も作業を続ける。


73号は、考え込む楽生を見て嬉しそうに微笑んでいた。





「……73だし、ナナミで」


「そのまんまだな」


「いいだろ別に!」


「ナナミ」


「あ…はい」


「最後に採血したのいつ?」


「えっと…2年前、ですね」


「じゃあ今やる。…不安なら楽生の手でも袖でも頭でも握ってて」


「いや、頭はおかしいだろ」


「ふふふっ。わかりました」


「なんでわかんだよ!おかしいだろ!」





73号ーーーナナミは嬉しそうに笑っていた。





少し迷った後、楽生の袖を控えめにキュッと掴んでいる。



それを見て楽生の視線が揺れた。

それを見たナナミが手を離したほうがいいかと迷っているのがわかる。



……なんだ、この付き合いたてのカップルみたいな2人は。



俺気まずいんだけど。






「……刺すよ」


「あ…はい」




ナナミが体を固くするのが伝わってくる。

こういうのは、慣れるものじゃない。


とくに、実験体はいつ殺されるかわからない。

されることすべてが恐怖の対象だろう。




このまま刺すのも危ない。

刺した瞬間にビクッとされたら困る。



「……楽生」


「………なんだよ」


「…………小さいな」


「何がだよ!」


「心が?…まぁ、その他も色々狭くて小さいな」



ププッとわざとらしく笑ってやると、楽生は簡単に乗ってくれた。



「あー!わかったよ!だからやめろ!」




楽生は袖を掴んでいたナナミの手を振り払い、片手でぎゅっと掴んだ。

さらに、安心させるためかその肩を引き寄せた。



おお〜。

意外に男前。



俺は手を握ってやれとしか言ってないのに。


さすが、いい男はやることが違うな。




「え、…ら、、い、さん?」


「……動くと変なところ刺さるからじっとしてろよ」


「は、はい」





ジュンと会ったばかりのころを思い出して、少し笑った。


なんだ。

心配して損した。



楽生は逃げていただけで、この2人は性格が合わないわけではないようだ。



ナナミの体から力が抜けているのを確認し、再度刺すよと伝えてから採血用の針を刺した。

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