第80話

「あ、秋信」


「は、はい」


「……見ていー?」


「……どうぞ」




往焚が恐る恐る秋信の首を覗き込む。

顔が近くなるため、秋信は往焚から顔を背けている。



恥ずかしそうにかすかに赤くなっている秋信を見て、年相応に見えた。





「う、うわぁ〜」


「……往焚さん。鏡を貸してもらえますか?」


「あ、あー、いいけど…見ねー方がいいんじゃね?」


「え」



鏡の裏を上にして、往焚が秋信に手渡す。

受け取った秋信は鏡の裏をじっと見つめて、見るか見ないかの葛藤をしている。




「……湊さん。

今も相当すごいけど、ちょっと悠のよりは薄い、かも?」


「だろうな。…あいつと同じにしたら跡残る」


「跡?」


「完治しても跡が残る。……お前らは、な」


「え?…でも、悠は綺麗に治ってましたけど?」


「…そりゃそうだ」





意を決したらしい秋信がバッと鏡をひっくり返しして首を見た。


その顔が凍りつき、プルプルと手が震えている。




「う、うわ…」


「…な?見ない方がよかっただろ?」


「ゆ、往焚さんじゃなくて俺でよかった」


「は?」




仲良さげに話す2人を見る。

時計を見れば、日付が変わった1時30分だった。





「あー!忘れてましたけど、さっき湊さん、往焚さんに何言ったんですか?」


「………………」


「ブフッ!」


「いいじゃないですか。

俺に関係ないなら、俺が知っても問題じゃないでしょう?」


「秋信、秋信」


「はい」


「あいうえお」


「……はい?」





あははははははっ!と往焚が楽しそうに笑う。

秋信は目を点にしながら往焚を眺める。






「だからー、突然真剣な顔で耳もとで囁いたと思ったら、あいうえおって言ったんだよ、湊さん」


「………………2回目は?」


「あかさたなはまやらわ」


「なんですかそれ」


「だから、2回目」


「……………湊さん」





クスリと笑いながら秋信に視線を向ければ、やられた!という顔をしていた。




「あー!もう!…だからあなたには敵わないんだっ!」


「そりゃどうも。お前はやすやすと挑発に乗るな」


「以後気をつけます!」






ギャーギャーと騒ぐ秋信と、楽しそうに笑う往焚。


コーヒーと紅茶の香りが広がるように、この部屋に2人の明るい声が満ちていく。






「湊さんは、やっぱり悠が好きなんですか?」


「…何だよ」


「いや…。というか、悠逃げません?

…あ。こう、縛ったり、してるんですか?」



気まずそうに視線を逸らしながら聞かれる。

というか、普通そんなこと聞くか?


秋信の俺に対するイメージって何なんだ。




「縛らなくても力の差は明らかだろ」


「そりゃあ、そうですけど…」


「あいつは逃げない。…突き放そうとさえしない」


「す、すごいですね…。

俺は一つでもきついですよ。痛みにはある程度慣れてるつもりだったんですけど」


「痛みを感じやすい場所につけてるからな。

……お前のは外したけど」


「……じゃあ、悠はこの倍濃いやつを倍の痛みを感じながらつけられているってことですか?」


「……たぶん」




秋信の痛がる様子を見て、往焚も相当な痛みなんだろうとは思っていたらしい。


2人の表情が固まった。



「……そろそろ休め。俺も戻る」


「……湊さん」


「……………」



立ち上がろうとして呼ばれたので、そのまま次の言葉を待った。




「……3人で、この部屋にいませんか?

………今夜は」


「……………」




往焚が俯く。

1人では心細いか。


かといって秋信と2人でも気まずいだろうし、俺と往焚だけになれば秋信が休めない。




「……どうやって寝んだよ」


「往焚さんがベッド、俺は床で、湊さんはそこのソファでどうでしょう?」


「秋信、お前床って!」


「俺はどこでもいいんですよ。お二人が休めるなら、それでいいんです」


「………お前ら、一緒でいいだろ」


「「え」」





椅子から立ち上がり、グッと伸びた。

部屋に備え付けられた予備の毛布を掴み、ソファに座る。



「往焚」


「はい」


「秋信がなんかしたら俺が殴ってやるよ。

…ま、今日は反省してるみたいだし、何もしねぇと思うけど?」


「あ…了解」


「え。了解するんですか」


「秋信、寝るぞ」




往焚が秋信を引っ張ってベッドに入った。

秋信も、困惑しつつ往焚についていく。



それを確認した後、瞼を閉じた。


毛布は膝にかけてある。





今日は疲れた。

できる限り休みたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る