第79話

「…お前、それ隠せるような服あんのか?」


「それって?」



ようやく往焚の笑いがたまってきたところで往焚に話しかけた。


首を傾げてキョトンとしている。


まさか、気づいて、ない?



トントンと人差し指で自分の首から胸元を指した。




「なんかついてんの?」


「……鏡見ろ」


「……………うわっ!」




ごそごそと鞄から鏡を取り出した往焚が驚愕する。

秋信はあらぬ方向を見てダラダラ汗を流しているが、その表情はかなりやらかした感があるような顔だ。




「あーきーのー?」


「は…はい?」


「何してんだよ!」


「いやー、…すみません」


「ったく。ま、パーカー着てネックオーマーつければ見えないだろ」




鏡を鞄にしまうと、往焚はまたホットサンドを食べ始める。




「……往焚さん」


「んあ?」


「怒らないんですか?」


「なんで?」


「え…だって、…」


「ま、ちょっと痛かったけどそれだけだしな。

……あ、湊さん」




往焚何か思いついたように俺の方に顔を上げた。

俺は紅茶を飲みながら往焚に視線だけ向ける。




「これ、悠のに比べれば薄いと思うんだけど、どーやったらあんなにブチるのつけられるわけ?」



「ゴホッ!」





思わずむせた俺は悪くない。

絶対悪くない。


こいつは感覚がズレてんのか。



「……往焚さん。それは別にどうでもいいじゃないですか」


「いや…。だって、あれだけついてれば気になんだろ」


「それは…。確かに、気になりますけど…」


「あ。湊さん、一つつけてみてよ」


「ゴホッゴホッ!」





アホかよ。

どんだけ頭のネジゆるっゆるなんだ。


秋信の顔が一瞬間抜けになる。

その後すぐに焦ったような顔になり始めた。




「往焚さん!何言ってるんですか!」


「え。だって気になんだろ。あれ相当だぜ?」


「まぁ…。そうですけど」


「しかも俺、秋信に仕返ししてーし」


「え?」


「俺ばっかやられんのは嫌だ」


「……………」





おい、秋信。

お前揺れてんじゃねぇよ。


思わず頭を抱える。




こいつら、こんな馬鹿だったか?

いや、今船に乗っているやつの中では全然いい方だと思ってたんだが。



そんなに往焚につけてほしいならつけて貰えばいいだろ。





「………わかりました。

湊さん、俺につけてください。それで、往焚さんは見ててください」


「あ、そっちの方がわかりやすそうだな」


「…………おい」


「はい。つけられる側は見えませんし、そっちの方がいいですよ。

それに、女の往焚さんより男の俺の方が治りは早いですから」


「だな。湊さん、よろしくー」


「おかしいだろ…」





俺の意思はどこ行ったんだ。

もはや決定事項のようににこにこしている2人の正気を疑う。


それ以前に、こういうのはふざけてつけるものじゃない。


しかも、往焚につけられたくない秋信が、無理やり自分につけてもらえるような言い訳をしている。




「それやってなんの得があんだよ」


「俺らの湊さんへの理解が深まります」


「……何の理解だよ」


「悠にしてることについて?」


「……………はぁ」





一歩も譲るつもりがないらしい。

ことりとカップを置く。


なんで俺がこんなことしなきゃいけないんだ…





椅子から立ち上がり、秋信の前にいく。

その首元をぐっと開き、唇を寄せた。




「い"っ!」





ビクンと秋信の体が動く。

引き離そうとしているらしく、俺の胸を押してくるのでその手を片手で押さえつける。



ポカンとした表情で往焚がこっちを見るので、チラリと視線をやる。


動揺したらしく、俯かれた。

……見たいっていうからやってんのに、なんで晒すんだよ。




ムカついたので少し噛む。




「い"ぃっ!みっ、湊さん⁉︎もっ、もいいですからっ!」




ギブアップの声を聞いてからスッと離し、口元を手の甲で拭う。

秋信を見下ろすと、青い顔で無理やり笑みを作っていた。




「……お聞きしてもいいですか?」


「…何だよ」


「こ、これを、悠の全身に?」


「んなわけねぇだろ」


「ですよねぇ〜」


「あいつには手加減なんてしねぇよ」


「………………え」




ドスッと椅子に座り足を組む。

そのまま紅茶を口に含んだ。


もとから食欲はなかったので、余ったホットサンドは2人に一つずつあげることにした。

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