第77話

「おい、るみ。何してんだ…って、ほんと何してんだ!」





また厄介なのがきた。


大地がるみに駆け寄る。

胸元を腕で抑える るみを見て、俺をギッと睨みつけてくる。



「お前…。るみに何しようとしたんだ」


「はぁ…」




時計は、22時45分をさしていた。

今日は本当に最悪だ。


こいつらは勘違いばかりするし。





窓の外に視線を戻す。

白く輝く月を見て、ゼロの肌を思い出した。




真っ白なのに、行為中はほんのりと染まる。

白銀の髪を乱しながら、声を抑えようと唇を噛む。


与えられる感覚に耐えきれず、シーツをぎゅっと握りしめ、涙をこぼすまいとぎゅっと閉ざされる瞼。



その口元を手でつかんで無理やりこちらの方へ向かせると、涙で潤んだ紅い瞳が俺を映す。



もう無理だ、やめて、とうわ言のように言いながら、絶対に突き放さない。


自分を押さえつけるその腕にそっと触れ、必死についてこようとする。



血が滲むほど噛んでも、殴られたのでは?と思うほどの鬱血痕をつけられても、絶対やめろとは言わない。


いっ…と声を出しても、痛いとは言わない。





最後の最後、ついに紅い瞳から溢れた涙は、この世にあるなによりも美しい紅玉だ。




ポツリと、その名前が口から漏れた。








「え…」


「はっ?…え、…なんで、」





変な声を上げる2人の方へ視線を向けると、目を見開いて驚いていた。




何に驚いているのかはわからない。









ただ、それが気にならないほど、モノクロだった世界からようやく色が戻ってきてみえる。








「………湊さん。突然お邪魔して、突然怒鳴りつけてごめんなさい」


「るっ、るみ?」


「わたし、…蒼に話を聞いてきますわ」





すたすたとるみが部屋を出ていった。

その背中を、困惑した表情で大地が見つめている。



るみが出ていったあと、数秒して大地が俺の方を見た。





「み、なとさん。……もっと、そうやって笑ってればいいと思うぜ?」


「…………は?」





ふわりと笑って、大地も部屋を出ていった。







時計を見れば、23時14分。

すぎたか。






バサリとシャツを脱ぎ、黒のパーカーを着た。

往焚の部屋に寄ったあとは、何か食べるものを作って持って行こう。



2人とも何も食べていないはずだ。




そんなことを考えながら廊下を進んだ。







ーーーーガタッ








『はっ、はぁっ、さっちか!そろそろ冗談は、』





ーーーーガサッ





『何してっ……い"っ……ぁ、』









・・・。






扉の前まで来たところで、だいたい今どうなっているかがわかった。

往焚が油断しすぎたせいもあるし、秋信の気持ちもわからなくはない。


ほんの少しだけ待つことにした。





軽いリップ音が聞こえる。

そんなに大きな音ではないから、往焚の声もこの音も、きっと俺以外には聞こえていない。






ーーーなんで…。幸架、なんでっ…







すすり泣くような声と、そんなことを思っているだろう往焚の思考を読み取る。

そろそろか。








ーーーーコンコン








ノックしてすぐ、ガタッと音が聞こえた。

秋信がやっと我に帰ったらしい。




「秋信。…いつまで背を向け続けるつもりだ」




今の自分の行動でわかったはずだ。

往焚が秋信を見ていないのではなく、秋信が往焚を見れていないことに。



だから、泣いている往焚に気づかずにそのまま続けようとしている。



みんな自分のことで精一杯だ。

それでも、誰かを愛するということは、自分以上に相手も大事にしなければならない。



いや、違うか。





愛するということは、自分よりも相手を大事にしてしまうことだ。


だから、自分を省(かえり)みなくなる。

そんな時こそ、相手と自分を同じくらい大事にしなければならないはずだ。


大事にしすぎて、壊してはいけない。






『み、なと、さ、』


「………気をつけろ。ここにいる全員が味方なわけじゃない』





コツコツとほんの少しだけ音を立てて歩く。



何か作って持っていく間に、あいつらも少しは落ち着くだろう。






何も誰も大事に至らなかった。

だから、今回のことは2人にとって得る経験になったはずだ。

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