第76話

ーーーーガタッバタン!







蒼は床に散らばった服をかき集め、身に纏(まと)う前に部屋を飛び出していった。



窓を隠していた棚を動かし、そのまま窓を開ける。

そのままタバコに火をつけた。





俺は、ボタンは外されたままだがその他は何一つ服の乱れもない。


ほんの少し触れただけで震えて逃げていった。






ーーーーゆらゆら、ゆらゆら








時計を見ると、22時。


あと1時間は往焚の部屋に行かなくてもいいだろう。






ーーーーゆらゆら、ゆらゆら








晶は、ルナに潜入していたことがあるらしい。

その時に往焚にも会ったのだろう。



ルナに潜入していた時、秋信と往焚は別行動していることが多かった。


というか、秋信と往焚はルナに所属していたのだから当たり前か。

秋信は指示、往焚は突撃隊の方に入っていた。




でも、あいつらはルナより俺を選んだ。




俺があいつらを守るのは、あいつらが俺を信じてついてくるからだ。



もしルナに寝返ったら、もし蜘蛛に肩入れをし始めたら、もし、俺についてこなくなったら。




その時俺の前に立ち塞がるのなら、躊躇(ためら)うつもりはない。

秋信と往焚も、それを知っている。




如月の言うことを聞くのだって、自分の利にならなければ絶対にやらない。



蒼が見ていた俺は、"そんな"俺だ。






蒼の想いを否定するわけではない。

あの女は、あの女なりに俺が好きなんだろう。



でも、俺の求めるものではない。




たったそれだけだ。








ーーーーゆらゆら、ゆらゆら










ふぅ、と息を吐けば、煙が細く昇っていく。

風に揺れて広がり、やがて消えて見えなくなる。








ーーーーゆらゆら、ゆらゆ…








「失礼するわ」



開けっ放しだったらしいドアの前にるみがいた。


ツカツカと俺に歩み寄ると、8歩くらいの遠い位置に立ち止まる。





「蒼に…何したのよ」


「……………」


「蒼、服着ないで部屋戻ってきて、震えてるわ。

……何、したのよ」


「………………」







ーーーーゆらゆら、ゆらゆら








「……何も」


「嘘よ!」


「…………」


「じゃあっ!なんであなたの服、前開(はだ)けてるのよ!」


「その女が外したから」


「は…?ふざけるのもいい加減にして。

蒼は純粋で、何にも知らない子なのよ!

それなのに、…それなのにっ!」






はぁ、と深いため息が出た。

タバコを灰皿に押し付け、窓枠に軽く腰掛けた。





「へぇ…。で、その、純粋で素直な蒼が可愛いお前は?俺に抗議しに来た、と」


「そうよ」


「バカだろ」


「なっ!なんですって!」





風に揺れ、ボタンが外れたシャツがはためく。


白い肌を月の光が浮かび上がらせる。




俺は別に、こんな容姿がほしかったわけじゃない。

この肌も、顔も、何もかも。





「蒼が俺に襲われたと思ったお前は俺に抗議に来た。

自分が襲われるかもしれない可能性を顧(かえり)みずに?

ハッ。とんだバカだな」


「………っ」




やっと失態に気づいたらしいるみが胸元を腕で隠して後ずさる。


窓辺に腰掛ける俺を見て、ほんの少し顔を赤く染めた。




「な、なんで前閉めないのよ!」


「あー、よく見ればわかると思うけど、このボタンに薬塗られた」


「薬?」


「そう。…皮膚からも取り入れられる、強力な、ね」




これは捨てるしかないだろう。

幻覚作用と興奮作用がある液体が付いている。


蒼は、爪に塗っていたらしいそれをつけながらボタンを外していた。



それを見逃すほど間抜けではない。



俺が蒼を拒否してボタンを留めても手に触れ、さらに蒼を受け入れて服を脱ぐ時も一つくらいは触れるような位置だろう。



なんともまぁ用意周到だな。






「そ、そんなの、嘘よ!」


「なら嘘だと思えばいい」




と言っても俺にはこの薬は効かない。

タバコが吸い終わったら着替えようとしていたところにこいつが来た。


こいつの前で着替えてもいいことは一つもない。



薬が塗ってあるのは本当だから、別にいいだろう。

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