第74話

「はぁ…」




今日は本当に散々な日だった。

何のために明日から話し合いするって言ったかわからない。



ベッドにうずくまる。




ーーーーチャリン





胸元で金属音がした。

首に下げていた鍵を手繰り寄せる。



もうすぐ日が沈む。

窓から入ってきたオレンジ色光が、鍵を照らした。




ゆっくり、ゆっくりと日が沈む。





部屋が暗くなったころ、天井を仰いだ。


晶は未遂だろう。

一瞬しか確認できなかったが、往焚の服が乱れている様子はなかった。


首に赤い印ができているわけでもなかったので、覆いかぶさっているところに秋信が突入した、というところか。




あの睡眠薬は効き目が長い。

8時間は起きないだろう。



時計を見ると、20時だった。

23時ごろにもう一度部屋の前に行ってみるか。



もし俺が秋信だったら、起きた往焚に何もしないなんて無理だ。

往焚は秋信の好意を家族愛だと思っている。



俺も大概狂っているが、秋信も同じだろう。

お節介なのはわかっているが、亀裂が入る前に止めた方がいい。






ーーーーコンコン







思わず舌打ちをしたくなるのを耐えながら、ドアに視線を向けた。

棚で塞ぐの忘れてたな。



最悪だ。






「あ、の….。湊、さん?」




控えめな声を出しながら、明らかに図々しい行動しかしない、蒼。



「あの…。るみと大地が、夕飯作ったので、届けに…」




晶が往焚に薬を盛った。

その状況で晶と同じ蜘蛛である るみと大地が作ったものを俺が食べるなんて、本気で思っているのだろうか。




身じろぎひとつせずに無視を決め込む。

それでも立ち去る様子はない。




いい加減、本気でしつこい。




「湊、さん。…悠って、誰ですか」


「……………」


「さっき、如月さんが…

湊さんは悠って人にゾッコンだとか言ってて、それで…」


「……………」




あのバカは、本当にロクなことをしないやつだ。


"佐藤悠"を俺らが監禁していたのはかなり広く知られている。…裏では。



その理由が、なぜか俺が悠に惚れたから、なんてことになっている。



AIのせいで表も裏も混ざってしまっている今は、表の人間にまで知られるという面倒な事態になっているのだ。



……それなのに、佐藤悠を解放しろとは一度も言われていない。


わからないことだらけだ。




「……湊さんが、私を見てくれないのは、……その、悠ってこが、好きだから、ですか?」


「……………」


「でも、今一緒にいないってことは、…その、……フられたって、ことですよね?」


「……………」




なんでAIはこいつらを守れと言ったのだろうか。

心の底から関わりたくない人間ばかりだ。



大地とるみは怒りやすく、思慮に欠けるせいですぐに喧嘩腰になる。

千春と深春は2人だけの世界を作っているように周りと関わらないようにしているし、晶とこいつはこんなだ。



こいつらが"アレ"だっていうのはわかっている。

でも、所詮その程度だ。



ゼロの判断は正しかったことがよくわかる。





「……あの、私、ただ、…湊さんの側にいれれば、それでいいです。

慰め役でも、道具でも、身代わりでも、なんだっていいです。

だから…」




ドアが、キィ、と音を立てて開いた。

話している間にピックングしていたのはわかっていた。


そして、もとから夕飯なんて持ってきていないのも、足音の軽さでわかっていた。



冷めた瞳を蒼に向ける。





部屋着をきてうつむき、頰をピンク色に染めるその顔を見て、視界から色が消えていくのがわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る