第69話

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ガチャリ、という開閉音で目が覚めた。

瞼を開いてドアの方を見れば、往焚が2つカップを持って入ってくる。



「あ、起きた?…これ、よかったら」


「あぁ…。助かる」



時計は眠ってからちょうど1時間後の時間を示していた。


紅茶を受け取り、一口含む。




「湊さんって、コーヒー飲めねーの?」


「飲める」


「じゃあ、なんでいつも紅茶?

しかもダージリンだし」


「……あいつが、好きだから」


「……ゼロか?」


「……………」




三年前、食後にいつもダージリンを飲んでいた彼女を思い出す。

それうまいか?と聞くと、香りが好きなのだと答えた。



アールグレイは読書に合うけど、味が濃いし香りも強いから、疲れた時とか肩の力を抜きたいときは、ダージリンを飲みたいのだ、と。


飲む?とにっこり笑いながら差し出されたので一口もらった。



ふわりと香る優しい匂いと、アールグレイほどの濃さはないあっさりした味だった。


どう?と言われて、香りが好きだと答えたら、嬉しそうに笑った。




「なんで、そいつの好きなものにこだわってんだ?」


「……なんでだろうな」





ふんわりとダージリンの香りが部屋に広がる。

往焚も紅茶にしたらしく、同じものを飲んでいる。






ルナは、相変わらず実験と行為を繰り返しているらしい。


ゼロの頭の中の情報がそれだけほしいようだ。



"あいつ"も、ゼロを早く自分のものにしたいらしい。

毎晩抱いているとか。





「湊さ、」



ーーーーバタン!





ドアが勢いよく開いた。

はぁ、はぁと息を乱した秋信と晶が入ってくる。




「ゆっ、往焚さん!何してるんですか!

というか湊さんもなんでここにっ!」


「あなた!さっき言ったことと違うじゃん!」


「……いや、あんたらこそ、いきなり俺の部屋きたと思ったら何言ってんだよ」


「…………はぁ」




まぁ、1時間眠れたしな。

往焚に感謝しよう。




グッとカップを煽って飲み干し、立ち上がる。




「往焚。そろそろ戻る」


「あー、了解」


「ちょっ!あなた!待てよ!」


「湊さん、説明してください」


「明日の10時。ラウンジで」


「湊さん!明日の段取りより大事な話をさせてください!」


「お前ら2人でかってにしろ」




ギャンギャンうるさい2人を置いて部屋を出た。

往焚本人もいるし、俺はいらないだろう。




バタン、とドアを閉めてため息をついた。




「あ、あの……」



蒼がもじもじしながら立っていた。


今度はなんだよ…



「……何」


「よ、よかったら、肩もみでも、と思って…」


「別にいい。それだけなら戻る」


「あっ!待って…。その、往焚さんと、何してたんですか?」


「………はぁ」



こいつもかよ。

往焚、モテ期到来か。



何もしてないと答えようとして蒼を見たところで、自分の間違いに気づく。




ほんの少し赤い頰に、さまよっている視線。

たまに俺の方を見ては晒し、両手を祈るように握っている。



こいつが好きなのは往焚ではないだろう。


面倒なことになる前に部屋に戻りたい。




「……何?お前に関係ねぇだろ」


「あ…」




部屋の方に歩き出す。

優しい言葉で断るより、こうやって突き放した方が後々面倒なことにならない。



少し急ぎ目に歩き、部屋に戻った。


鍵をかけ、さらに棚を押してドアを塞ぐ。

もう一つあった棚で窓を隠した。

これで少しはマシか。







ベッドに倒れこむ。







そのまま意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る