第68話

「湊さん。ベッド貸すし、少し休みなよ」


「あぁ。…ここでいい」


「え…。椅子の上って、全然休まんねーだろ」


「問題ない」




腕を組み、ほんの少し俯いて目を閉じた。


もうあんまり考えずに眠ってしまった方がいい気がする。




考えるから疲れるのだ。

どうせ嫌でも明日から考えなければならないのだから。







〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜



往焚(璃久) Side





湊がすぅっと寝息を立て始めた。

本当に疲れているらしい。


人がいるところではほとんど眠らないから、青い顔で眠る姿を見ると心配だ。



彼が起きたら、紅茶の一杯くらい入れてこようか。


1時間眠りたいと言っていたので、その間は部屋から出ることにした。




部屋の鍵を持って出る。

しっかり鍵をかけたのを確認してから甲板に向かった。





海風は冷たい。

いつのまにか秋になっていた。



「ゆ、往焚、さん?」



足音が聞こえていたので驚きはしなかった。

振り向けば、蒼がいた。



「なんだ?」


「あっ、その、…用事は、ないんです」


「あっそ」



落ちないようにつけられている柵の方へ歩き、片膝を立てて座った。



こうやって座っておけば、いつでも立ち上がれる。



腰と足には二丁ずつ拳銃がある。

袖にもあるし、他にも持っている。


秋信や湊みたいには動けないが、それなりには対処できるだけの体術は身につけているつもりだ。




「あ、の…」


「なんだよ」


「往焚さんは、湊さんが、お好き、なんですか?」




今日はこの質問が多い。

さっき湊からも秋信が好きかと聞かれた。


明日から忙しいってのに、こんな話する余裕ねーだろ。



「はぁ…。それ、どっち?」


「え?」


「like? love?」


「あ…。ら、ラブの方で」


「そりゃねーよ」


「え…。そ、そうですよね。同性、ですもんね」


「…そーだな」



俺を男だと思っているらしい蒼に訂正は入れなかった。

別に問題はない。

というか、こいつはきっと偏見が強いタイプだな、と思った。



まぁ、風呂はなく、シャワールームしかない。

それなら体を見せる機会もないから、女だと言わなくても問題はないだろう。




「で?それが何」


「あ…」


「あんたが湊さん好きだから、牽制(けんせい)しにしたわけ?」


「そ、その…」




どいつもこいつも恋愛だ好きだなんだとうるさい。



湊の疲れた表情を思い出した。

あの人だって、人の恋愛の話や自分の感情を話す人ではない。


こいつらの恋愛事情に巻き込まれたのだろう。

それであの質問か。




「あんたが湊さんを好こーが嫌おーが、どうでもいいけどさぁー」



ギッと、葵を睨む。



「湊さん、疲れてんの。…休んでるから、邪魔すんじゃねーよ?」


「邪魔、なんて…」


「どうせ色仕掛けでもしよーとしてたんだろ」


「なっ!」



スッと立ち上がった。

居心地が悪い。



湊はたしかに綺麗な顔をしている。

憂い気な表情や強い光を持つ瞳だって、人を惹きつけるには十分な魅力があるだろう。



湊さんはそれを武器にすることだってあるから、きっと自覚はしている。



だからこそ、恋愛はしない。




「あの人を本当に好きだっていうなら、あの人から全部奪ってやるしかねぇよ」


「全部、奪う?」




あの人は、老若男女関係なく人を狂わせる。


全て持っていながら、何も持っていない。




本当に欲しいものこそ、手に入らない。





「俺は、かってに憧れてかってに後ろついてきただけだ。

それに、…」




あの人は、愛おし気にゼロを見る。




あの悪魔のような笑みを、泣きそうな顔だと彼は言った。


どう見ても人を殺すことを楽しんでいるようにしか見えない、あの笑みを。





それにあの執着。



噛み跡と紅い華だらけの悠を思い出す。


これは俺のものだ、と言うように睨みつけてくる瞳も。



好きじゃないと言う彼の意図が読めない。





「私だって、何もできない女じゃない!」


「あー、そうかよ。だったらかってにすれば?」




目障りだったので、立ち上がって船内に戻った。


歩いていると、ちらほらと俺の方を見て話す声が聞こえた。



俺が湊さんのことが好きだ、という噂だ。





意味わかんねぇよ。

つーか、そんな余裕ねーだろ。




時計を見れば、もうすぐ湊が寝て1時間だった。



ダージリンがあるのはさっき確認した。

紅茶を入れて、部屋に戻ろう。

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