第67話

自室に向かった。

ドアを開ける前に立ち止まる。



まだ中から会話が聞こえて来るので、あの2人は帰っていないらしい。




「はぁ…」


「湊さん?何やってんだ?」



問題のご本人が登場した。


コーヒーを入れて部屋に戻ろうとしていたらしい往焚が俺の方に歩いてきた。




「部屋、入んないの?」


「あぁ…。今は無理だな」


「……湊さん、顔色わりーな」



心配げに俺を覗き込むと、少し考えているようなそぶりをした。



「俺の部屋、貸します?」


「………いや、それは…」



今この状況で借りたら、絶対殺される。

あの2人なら、どんな手を使ってでも来る気がする。



「大丈夫大丈夫。俺は秋信の部屋行くし」


「……………」



正直なところ、本気で早く眠りたい。

だからと言ってここで部屋を借りるのはまずい。




でも、そろそろ眠らなくても目を閉じて休みたい。




「………1時間、貸してくれ」


「はいよー」



往焚はにっと笑って頷いた。



「なぁ」


「なに?」


「お前が好きなのは秋信だろ」


「ゴボッゲッホゲッホ」



コーヒーを一口含んでいたらしく、往焚は盛大に吹いた。


コーヒー、そんなに熱かったのか。



「……もう少し冷ましてから飲めば?」


「いや、そういう問題じゃねーよ」



ゴホゴホと涙目でむせりながら往焚は俺をジロリと軽く睨んだ。



「つーか、別に。秋信は家族みてーなもんだろ」


「へぇ…」



まぁ、晶とは会ったばかり……といえば会ったばかりだし、往焚が晶を好きとは考えにくい。




「というか、恋愛なんてできるわけねーよ」



視線を落とす往焚を眺めた。

というか、廊下で話してると中の2人に聞こえる可能性があることに今更思い出す。



「…湊さん。少しだけ話しません?」



俺が疲れているのをわかっているらしい往焚は、少し、と言った。



まぁ、どうせ往焚と話してるあいだにあの2人が来そうな気がするが…



「…少しな」


「サンキュー」




往焚の後ろをついて部屋に入った。

往焚はベッドに腰を下ろす。


俺は近くにあった椅子に座った。



足がだるかったのでついでに足を組む。




「湊さん。タバコ吸う?」


「いや、いい」


「はいよ」



ベッド脇にある机にコーヒーを置くと、俺にはペットボトルの水を手渡してくれた。


それを受け取り、一口含む。




「で、なんでいきなりそんな話になってんだ?」


「……秋信と晶がお前の話のために俺の部屋占領してる」


「俺の話?」


「そう」


「俺のなんの話?」


「……さぁな。俺には理解できねぇよ」


「お、お疲れサン?」




はぁとため息をついて背もたれに寄りかかる。

往焚の部屋は黄緑が主のようだ。


部屋が明るく見えていい。



俺の部屋は黒っぽかった。

床は黒。壁は灰色。天井は白。


センスはないな。



往焚の部屋は床は緑、壁は黄緑、天井は白。

色の使い方は似ているようだ。



「湊さんは、ゼロが好きなんだろ?」


「……どうなんだろうな」


「わかんねーの?」



天井を仰いだ。

俺の部屋と同じ、アラベスク模様だ。



「ただ、側にいたい。……それだけだ」


「側に…。なんでそう思うんだ?」


「あいつ、いつも泣きそうな顔すんだよ。

笑いながら、泣きそうな顔する」


「俺には、心の底から楽しんでるよーに見えっけど」


「だろうな」





最後に見たのは、バーだ。

出て行く前に振り返った、あの瞬間。



行きたくない、と言っているような瞳で、今にも涙が溢(あふ)れそうな顔で出て行った。




「あいつ、なに考えてんだろうな」


「湊さんにわかんねーなら、俺にはわかんねーよ」




ゼロ。悠(はるか)。



もしかして俺は、まだ何か思い出せていないものがあるのかもしれない。

あいつと過ごした数ヶ月は全て思い出したはずだ。


それなら、あいつに関する何かを忘れている。




「……湊さんは、ゼロに情が湧いたんじゃねーの?」


「情、ね」


「だって、ずっと一緒にいたんだろ?

湊さんが組織から逃げた時もゼロがなんかしたって聞いたし」


「……そうかもな」





長くいれば、情くらい湧く。





そう、長くいれば。





なら、初めてあった時にゼロはどうして俺に手を貸したのだろうか。





情が湧くようなことなど、何一つなかったのに。

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