煙 Ⅱ【完】 原文

第65話

「……お前、往焚が好きなんだろ」

「え」

「往焚が俺のこと好きだと思ってるからこんなことしてんだろ」

「あ…と、いや、…」

今日何回目かわからない深いため息が出た。

最近こんなことに巻き込まれてばかりな気がする。

秋信もこいつも。

「…往焚さんはあなたが好きなんだろ」

「そんなわけねぇだろ」

「あなたは思われてる側だからそう言うんだ！」

「あー、そうかよ」

俺の部屋は1番端だ。

隣は空き部屋。

人の気配がすると目が覚めてしまうから。

「俺は往焚さん見てたからわかる。

往焚さんはあなたが好きなんだ」

「そんなの本人に聞けよ」

「聞けるわけないだろ！」

「知るかよ。俺を巻き込むな」

「巻き込んでねぇよ！喧嘩売りに来ただけで」

「それを巻き込むって言うんだろ…はぁ…」

全然気が休まらない。

それどころか疲労が増していく。

「……往焚さんは、あなたの隣に居たいからあんな言葉遣いとか仕草とかしてんだろ。

なんで気づかないだよ！」

「あれは癖だろ。そうしなきゃ生きていけなかった。それだけだ」

「なんでそうやってあなたは逃げるんだ。

人からの好意がそんなに怖いか！」

「好意、ねぇ…。

生憎(あいにく)と向けられるのは好意より嫌悪のほうが昔から多かったんでね」

「ハッ。クズだな」

「お前もな」

「はぁ⁉︎」

あぁ、ウザい。

如月の次にウザい。

「俺は往焚を女として見たことはない」

「なっ！失礼な！」

「………お前、意味わかんねぇよ」

ギャンギャン騒がれるせいで頭がいたい。

角部屋で隣もいないせいで誰も助けには来ない。

スッと上体を起き上がらせると、晶と向き合うようになった。

じっと見つめると、怯んだように視線が彷徨う。

「なっ、なんだよ」

「お前、何しにきたわけ？」

「だから、喧嘩売りに」

「ならもう終わっただろ」

「……………終わってない」

後頭部をガシガシと掻く。

さすがに疲れた。

誰かなんとかしてくれ。

ーーーーコンコン

「湊さん？明日の話し合いについての段取りをしたいのですが、入ってもいいですか？」

ナイスタイミング、秋信。

「開いてる」

「失礼しま…………何してるんですか」

俺らの間に流れる重い空気を察したらしい秋信。

「こいつのセルフ修羅場。お前ら2人でしてくれ。俺は休みたい」

バフっと再びベッドに埋もれる。

できればこの部屋から出て2人で修羅場ってほしい。

「せ、セルフ修羅場って…。晶さんもゼロを狙ってるんですか？」

「はぁ？ゼロ？誰？」

「……なんか、ずいぶん印象変わりましたね」

「僕は往焚さんの話をしてただけだよ。

あと、この人に喧嘩売りにきただけ」

「往焚さんがどうかしましたか？」

いや、俺に喧嘩売りにきたって方も何とか言えよ。

何だこの2人は。

往焚バカか。

「往焚さんがこの人のこと好きだから、この人に勝てばいいと思って」

「え…。往焚さんにそう聞いたんですか？」

「聞かなくても見てればわかるでしょ」

「ですよ、ねぇ…」

秋信…

そこは折れるなよ。

前も説明したのにまだ納得してなかったのかよ。

むくりと起き上がり、ドアに向かった。

「…もう何でもいいから俺に関わるな」

振り向きざまに思わず2人をにらんだ。

ガンッ！と音を立ててドアを閉める。

今日は、本当についてない。