第63話
「ふふふっ。咲夜さんは、すごいですね」
「………何が?」
びっくりしていたと思ったら、突然笑い出した。
俺はすごくないよ。
俺がすごい人なら、この実験をもっと盛り上げることができた。
正直この実験に乗り気でない時点で俺はここの研究員としては失格だ。
「咲夜さん」
「何?」
「大丈夫です。
ちゃんと、生まれてくる子供は私たちの家族ですよ」
「……なんでそう言い切れるの?」
俺と楽生の薬には、人間ではない遺伝子も組み込まれている。
もう何が生まれてくるのかさえわからないのだ。
例え人間の遺伝子だけで組み込んだ薬を服用していたとしても、無数の人間の遺伝子を持っている子供なんて、俺たちの子供とは言いにくい。
「なんで、と言われましても…。
だって、その子は私のお腹から生まれて来るんですよ?」
「そりゃそうでしょうね」
「はい。そして、咲夜さんがいなければその子は生まれてきません」
「……まぁ、そうだろうね」
何が言いたいのかさっぱりわからない。
困惑する俺に、ジュンは断言する。
「はい。だから私たちの子供で、家族です」
「…は……?」
何がどうなってそんな思考になるんだ。
でも、ジュンはにこにこ笑っていた。
「……………ふふっ。あははっ!」
あぁ、そっか、なんだ。やっとわかった。
もっと単純でいいのだ。
やっぱりジュンはすごい。
俺の悩みなんてすっ飛ばしてくれる。
そうか。
家族か。俺とジュンとその子は、俺の家族か。
「え?咲夜さん?…え?え?」
笑う俺を見て困惑しているジュンをぎゅうっと抱きしめた。
嬉しかった。
俺の家族だと、言ってくれたことが。
「いいよ」
「え?」
「3人分、買っておく」
「あ…はい!」
嬉しそうにジュンが笑ったのがわかる。
その顔を、ずっと見ていられたらいいのに、
……そうか。
俺はこいつが好きなんだ。
あー、いい歳した大人がこんな子供に恋情を抱くなんてな。
「ジュン」
「なんですか?」
「……好きだ」
「私も好きですよー!」
「うん…。好きだよ」
「あ、あれ?咲夜さん?」
愛おしい。
俺の、たった一つだけの家族。
実験体を愛するなんて、バカなことをしているのはわかってる。
ジュンが妊娠すれば、俺は研究員としてしか会えなくなるだろう。
それでも、きっとずっと繋がっている。
それが、"家族"というものらしい。
だから、何を買うかはもう決めた。
それしかないと思った。
「咲夜さん?」
「ねぇ、ジュン」
「はい」
「空って、知ってる?」
「写真なら、見たことありますよ」
「空は、どうして青いんだと思う?」
「え?」
ふわりと香る甘い匂い。
癖っ毛でゆるゆるとカーブする黒髪。
白い肌に散る紅。
この世のどこにも絶望なんて存在しないのだと思わせるような、綺麗に輝く希望に満ちた、無垢な瞳。
その瞳はいつだってまっすぐ前を見つめている。
「うーん…。私、理屈はよくわからなくて。
すみません」
「そうじゃなくて」
「はい」
「いろんな色があるのに、なんで青だったのかなって」
「そうですね…」
見たことがあるという写真を思い出しているのだろう。
人差し指をトントンと唇に当てながら、ジュンは考え込む。
彼女は笑顔で答えた。
俺の予想もしなかった答えを。
あぁ、そうか。
だから空は青いのだ。
だから、夕焼けは赤く染まるのだ。
空が、ーーーーだから…
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