ある男の話 Ⅶ
第62話
「咲夜さん!咲夜さん!」
「……何」
今日もジュンは元気だ。
ジュンと出会って半年が過ぎた。
もうこのテンションに慣れてしまった自分をたまに労いたくなる。
「あのね、あのね」
「はいはい」
今は、言ってしまえば事後のピロートークとやらである。
男としてはもう眠りたいものだが…
いつまでも続きを話す気配がないので、閉じていた瞼を開いてジュンに視線を向けた。
言い淀んでいるのか、いつものような明るい表情ではない。
「………どうした?」
「あっ……あの、ね」
「ん?」
それでもジュンは答えない。
こんなこと、一度だってなかったのにな。
体をジュンの方に向けて抱きしめた。
ジュンは俺の方を向いて横になっていたらしく、突然向き合う形になって赤くなっている。
いつになっても慣れないらしい。
「何?…別にもう慣れたし、引いたりしないから言って」
ジュンは天然というか、バカである。
紙で切ったらしい指を見て嬉しそうに俺に報告してきたり、足についていた枷を安全ピンで外せた!と言ってきたり。
常に突拍子もなく、意味がわからない。
そのほかにも、ここは窓もないのに虫を捕まえていたり、ずぶ濡れになっていたり。
俺はもう何があっても動じない自信がある。
「咲夜さん、あのね、…」
「ん」
「あの……」
…………。
むしろ、ここまで言ってもらえないと心休まらない。
しかし、さすがに女に向かって、
早く言えよぉぉぉぉ!!!!
なんて言えない。
ジュンの首に顔を埋め、足を絡めた。
そのまま頭を撫で、もう片方の腕で腰をぐっと引き寄せる。
初対面とかは別だが、ある程度気心の知れてる人の体温や心音は安心させる効果がある。
そして、今すごく眠い俺の心音はゆっくりなはず。
少しくらいは効果があるだろう。
「あっ、あの!さっ、咲夜さん!」
「だから、何?」
そう、安心させて話しやすくするつもりだった。
……つもりだったのだが。
ジュンの心音が心なしか早くなっている気がする。
今日そんなに疲れさせたか?
いつも通りだったと思うんだが。
それとも、日中に運動でもしたのだろうか。
…監禁されてるのにそれはないか。
いや、こいつに限ってはありえるかもしれない。
首に埋めていた顔を離し、ジュンの表情を見た。
顔は真っ赤だし、視線はかなりキョロキョロとさまよっている。
……なんだ、この反応は。
動揺してるのか?
でも、何に?
別に変なことはしてないと思うのだが。
「…ジュン?」
「あ……。え、えっと、」
視線を合わせようとしても晒される。
…俺、なんかしたか?
うーん…心当たりはない。
「あ、あのね、咲夜さん」
「うん」
「わっ、私…」
「どうした?」
「……私、咲夜さんの子供、産むんですよね?」
「……そりゃ、そうなるだろうね」
「あ、あのね、その、…」
未成年に産ませるという最低な大人になってしまう自覚はいまだに抜けないが…
俺らには決定権がない。
木田の命令となれば、なおさらだ。
この組織は独立しているが、ルナからの援助がなければ成り立たない。
だから、実質的にはルナの支配下といっても過言ではないのだ。
だから、ルナの最高幹部である木田の命令には俺も楽生も従うしかない。
……例え、未成年と交わることでも。
「も、もし、よかったら、なんですけど…」
「うん」
「わ、私、その、…か、家族みんなで、同じものが欲しいなって、思って…」
「家族?」
「これが実験だってことは、わかっているんです。
…でも、私は母親で、咲夜さんが父親で、生まれてくる子が私たちの子供ってことですよね?
…きっと私がその子を産んだら、咲夜さんには会えなくなっちゃうから…。
だから、私たちが確かに家族だったっていう証拠というか、証が、ほしいんです」
「家族の証、か」
物として、見えるものしての証か。
俺にもジュンにも家族はいない。
だから、家族と言われてもなかなかピンとこなかった。
しかし生まれてくる子は、遺伝子操作されて、ほとんど俺たちの遺伝子ではない。
「そっか。なるほどね。…ねぇ、ジュン」
「はい」
「こんな実験で、俺たちの遺伝子なんてほとんど無いような子供でも、君は生まれてくる子を我が子だと言えるのか?」
ジュンは、びっくりしたような顔をした。
考えたこともなかったのだろう。
それもそうだ。
ずっと監禁されて育ったのだ。
知識も教養もあるはずがない。
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