第55話

「お願いします…」




か細い声で、ジュンが俺にお願いをする。

今にも死んでしまうのではないかと思うくらい、弱々しい声だった。




美しい黒い髪は、ほんの少し癖があってうねっている。

涙に濡れた瞳も綺麗な黒だ。


色白の肌。

細い体。

綺麗なスタイル。




着ているのが薄いワンピース一枚でなければ、どこぞのお嬢様という感じだ。



……性格は抜きで。





「………はぁ。何されるかわかって言ってんの?」



ぽんぽんと頭を撫でてやる。


ジュンはコクリと小さくうなずいた。





「………痛かったらちゃんと言えよ」


「うんっ!」






…そこは、元気になるところじゃねぇよ。




ジュンの行動は意味がわからない。

でも彼女が笑った顔はいい。




何もない荒野の中に、一面の花が開くような、そんな気持ちになるのだ。








「……痛くない?」


「は、いっ…だい、じょぶっ!です」


「………嘘つくなって」




よしよしと頭を撫でると、ほろほろと涙をこぼす。

それが可愛くて、つい笑ってしまった。






「ジュン」


「はい、?」


「とりあえずこのまま。痛みひくまでね」


「ごめんなさい…」


「気にしなくていい」





ほろほろ溢れる涙が綺麗だった。

ジュンの瞳は、何の淀みも濁りもない。


まっすぐで、純粋で、透明で…


この瞳に映った空は、さぞかし綺麗なのだろうと、なぜかそう思う。




ジュンの目尻に触れた。

ほんの少し赤くなったそこは、俺に迷惑をかけまいと涙が出ないように力を入れているらしい。




「ジュン、深呼吸。ゆっくりね」


「ん…すぅ………ふぅ……」



「そうそう」




ジュンの体から少しずつ力が抜けてくる。

痛みもだいぶ楽になったのか、ジュンの顔も少し明るくなった。



「も少しね」


「はい」




それでもいきなり動いては痛い。

少しでも負担をかけたくなかった。



細い体は力を入れたら、すぐに砕けてしまいそうだ。


気をつけねば。





「咲夜さん」


「何」


「咲夜さんは、お優しいですね」


「……どこが」


「私、こんなに大事にされるとは思ってなくて…」


「……それは、俺が鬼畜な変態に見えたってこと?」


「あっ!いえいえ!そういうわけでは!

……というか、もっとおじさまって感じの人がいらっしゃるのかと」


「おじさま?」


「研究員の方ってお聞きしていたので」


「あー、まぁ、おじさま…中年男性もいるにはいるね。

多くはないけど」


「若い方が多いんですか?」


「まだこの組織、できたてだから」




俺、何でこんなこと話してんだろ。


そう思うのに、話は止められなかった。




やっていることは最低なことだ。






それなのに、まるで普通の人間のような生活をしているように錯覚する。




不思議だ。






このままこの雰囲気にずっと浸かっていられたらいいのに。






「………動くよ」


「はいっ!」





だからさぁ、ここは喜ぶところじゃないんだけどね。




思わず、クスリと笑みが漏れた。

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