第54話

その日は女が寝るまでその部屋にいた。

名前(?)をもらったことがよほど嬉しかったのか、なかなか寝てくれなかった。



ずっと施設で隔離生活だったらしい。

それじゃあ、この精神年齢も頷ける。





ふわぁ、とあくびを噛み締めて仕事をするはめになった。



「よぉ、咲夜。…つーかお前、昨日どんだけ気合い入れてやったんだよ」


「……してねぇよ」


「え⁉︎何してたの⁉︎」


「……子守?」


「は…?子守?」



俺と楽生は実験だけに専念するわけにはいかない。


日中は仕事、夜は実験、ということになる。



つーか、それじゃ寝れないだろ。

休みの日も実験につぎ込むことになったし。




過労死、という文字が頭に浮かぶ。

それだけは避けなければ。




また夜になり、ジュンのいる部屋に行く。

とりあえず警戒心を解いてもらったところで、事に及ばなければ実験にならない。



しかし、相手は17歳。

俺の人間としての"最後のモラル"がストップをかける。



せめて20歳超えたやつにしてくれりゃ良かったのに…



40でも50でも全然どうでもいい。

…….なぜ17歳なんだ。





「咲夜さん?」


「あー、何?」


「お顔の色が優れませんね…

今日は早めに休まれた方が、」


「……一応俺は実験のためにここにいるんだけど」


「あ……」


「……別になんもしないよ。

17歳に手、出せるわけないでしょ」




そういえば、最後に会った時の木田を思い出した。

ガンバレーとひらひらと手を振って去って行ったその背を、想像の中で回し蹴りをお見舞いする。




絶対あいつだろ。

嫌がらせに違いない。




「……咲夜さん」


「はぁ…何?」


「いいですよ」


「は?」


「実験でしょう?…定期的に監視が入るって聞きました。

何もしないと、咲夜さんが飛ばされてしまいます」


「……俺、羽ばたかないよ」


「もー!真剣に言ってるんですよ!」


「はいはい。…とりあえず、相手変えてもらうからそれまで耐えて」




はぁ、とため息をついて視線を落としたところで突然頰を両手で包まれた。


そのままジュンの方へ向けられる。




「……私は、17歳ですよ」





さっきまでの幼さは消え、その瞳がゆらりとゆれた。




ジュンが、俺の唇に自分の唇を当てる。



ほんのわずかな時間だった。






「なっ、に、」


「咲夜さん」


「………………」


「もう痛くないです。私の容姿がお好みではないのなら、目をお隠しください。

咲夜さんが眠ってる間に私がかってにやりますから」


「いいいいいいやいやいやいや!

おかしいでしょ。何してんの」



俺の目を隠そうと手を伸ばしてくるジュンのその手を掴み、制しながら慌てる。


落ち着け、俺。

今のは事故。



俺は決して悪くない。

そう、まだモラルは守られている。




「ですから、咲夜さんは眠っていて、」


「できるわけないでしょ」


「できます!私は17歳ですよ?知識はあります」


「そういう問題じゃなくて…」




ダメだ、話が通じない。

俺のモラルなんて、ジュンの頭の中には1ミリも理解されてない。




これは、もう自室に戻るか…

いや、流石に実験放置だと思われてまずいことに…




はぁ………

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