第53話
とりあえず、かなり手ひどいことをしてしまったので話くらいは付き合ってやろうと思う。
ため息をつきながら、女の隣に腰掛けた。
「あ…の、」
「………何」
「お名前、お聞きしたいです」
またそれか。
チラッと女の方を見ると、俯いて両手をきゅっと握りしめていた。
不安なのか?
あんなに普通に話しかけてきたくせに。
「……咲夜」
「咲夜、さん?」
「そう。……まぁ、桜が咲いてた夜に引き取られたからそう呼ばれてるだけ。
名前はない」
「え…」
生まれた場所も時間も、親が誰かも知らない。
桜咲く夜、ルナの門の前に捨て置かれていたとだけ聞かされた。
「お前は?」
「え?」
「お前の名前。何?」
「私…私は、被験体1234号です」
「……すごい綺麗に並んでるな」
ここまで綺麗に並んでると、逆に感心する。
というか、名前聞いたんだけど…
「名前は?」
「番号はありますけど、名前はないんです」
「へぇ…」
「ずっと組織で育ったので、外も見たことないんです」
「もったいないね」
あんなに綺麗な空も、夕焼けも、花や光も見れないのか。
「じゃあ、被験体1234号じゃ呼びにくいから別なので呼んでいい?」
「はいっ!」
「……そんなに喜ばれても、俺はネーミングセンスないからね」
ものすごくキラキラした瞳で俺を見つめる女。
今さっき強引にされそうになったことを忘れているのだろうか。
「.……1234って並んでるし、ジュン、でよくない?」
「ジュン?」
「そう、ジュン」
「私、ジュン!」
我ながら、男っぽい名前になってしまったと思うのだが…
女ーーーージュンは喜んでいるし、いいか。
「咲夜さん、咲夜さん」
「……何」
「咲夜さん、咲夜さんっ!」
「………何、ジュン」
えへへっとジュンが笑った。
それが、なんだかとても嬉しかった。
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