ある男の記憶 Ⅵ

第52話

ようやく熱が引き、実験に移れることになった。



被験体の女に会うのは、今日が初めてだ。

もうすでに部屋に入れてあると言われた。



…まだ、なんの特殊を持っているのか見ていない。



こちらに害が及ぶようなものではないとは思うが、本当は見ておかなければならない。


重いため息をつきながら、けっきょく資料に目を通さないまま扉を開いた。




「……あ、の…こんにちは?」




ビクビクと震えた女が、薄い半袖のワンピース1枚の姿でベッドに繋がらていた。



かなりきつく縛られているのか、赤くなっている。





「あっ…の、えっと、わ、わたし…」




実験なら、さっさと終わらせて研究に戻りたい。


だいたいは終わっていると言っても、論文としてまとめるのが終わったわけではない。


これからが忙しいのだ。




ギシッとベッドをきしませながら、あんなに近づいた。


あんなに嫌だと思っていたのに、もう順応している自分に苦笑した。


やっぱり自分も十分に人間離れしている。




「……あなたの、お名前は?」




震えた声で女が俺に問う。

俺の名前なんて、知らなくたって困らないだろう。



俺は、楽生と研究、たまに木田が混ざって馬鹿みたいに笑っている時間が好きだ。


そのためなら、なんだって犠牲に…




「……そんなに苦しいのなら、やめてしまえばいいではないですか」




ハッと女の顔を見れば、苦しそうに顔を歪めて俺の頰に触れてきた。



その指がキラリと光る。




「……泣くほど嫌なら、私が抵抗したことにしてください」


「は?」


「そうしたら、私はどこか別な人のところに行くことになるんでしょう?

……あなたは、薬の副作用が強く出たとお聞きしました。

それなら、次は無理強いされないはずです」


「……何、言って…」




というかなんでそんなことまで知ってるんだ、この女。



「……誰に聞いた」


「え?」




女の肩を強引に掴み、低い声で威圧する。




「誰に聞いた?」


「あっ……」




女は、凍りついたように動かなくなった。


イラつく。

なんだ、この女。



自分のネクタイをぐっと引っ張ってほどき、女の目をそれで隠した。


そのあと、強引に女の服を引き裂いて口に押し込む。




「ぅっ……んっ、んっ」




何か言おうとしている女を無視して、そのまま進める。



実験に会話なんていらない。


実験はただ、成功すればいいのだ。







女は抵抗しなかった。

まぁ、こんな実験に使える人材も限られている。

この女だって、何人か産んでいるだろう。

今更抵抗する気だって無くしているはずだ。




適当に触れ、まあ十分だと思った頃にそのまま貫いた。





「んんんんっ!んーーー!!!」








その時、ハッと我に帰った。



思ってもいなかった事態が起きたのだ。






繋がった場所から血が流れている。


準備が足りなかったわけではないだろう。

それは確認して行為に及んだのだから。




ということは、この血は…








ゆっくりと抜き、女の目隠しと口に入れていたものを取った。



女の瞳は、涙で濡れていた。








「……ごめん」


「え?」


「痛いだろ」





立ち上がり、とりあえず服を整えてから引き出しに入っているナイフを出した。


相手に抵抗されたら、ということで俺と楽生が今使っている部屋にだけ設置されているものだ。




それで女を拘束していた縄を切った。

足枷は袖口に隠していた針金で外す。

外した後は袖に戻した。




「.……まだ、痛い?」


「大丈夫ですよ」


「……嘘だな」


「う、嘘じゃないです」


「へぇー?じゃあなんで泣いてんの。

……俺、怖いでしょ」




着ていた白衣を女の肩にかけた。

女は、それを不思議そうに見て、ちょんちょんと襟元を指でいじっている。



……仕草がかなり幼い気がするんだが。




「……お前、歳は?」


「えっと…17です」




おい、待てよ楽生。

おかしいだろ。



なんでこんな幼い女選んだんだよ。

お前、自分の相手24歳とか言ってなかったか?

なんで俺の相手17歳なんだよ。


表社会だったらアウトだぞ。

というか、人間としてアウトだろ。




「……お前はもうすこししてからだな。

とりあえず変えてもらうから、休んでろ」




そう言って立ち上がろうとした俺を女が引き止める。




「待ってください!行かないで」


「行かないでって…お前も俺といたくないだろ?」


「なんでですか?」


「……それは俺が聞きたい」




会話が成り立ちません。

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