第48話

「湊様」


「………なんだ」





磨いていたグラスを置き、バーテンダーが俺を見た。




「お行きください」


「は?」


「日本から出るのです。

そして、国際犯罪対策本部に、皆さんとお行きください」


「………なんでだよ」




バーテンダーは何も言わない。

ただひたすらに俺の瞳を見返してくる。




「……俺はここから出ない」


「この老いぼれの願いを、一つ叶えてくれませんかな?」


「断る」



バーテンダーが困ったような顔をした。




そこでふと、何か違和感が生じた。

なんだ…

何かがおかしい。





「なぜ、ここにこだわるのですか?」




視線は1ミリも晒されない。

俺も晒さない。



「……桜が美しく咲き乱れるのは、この国だけだろ」


「え……」


「死ぬ間際にな、こう言った男がいた。

君と空が見たかった。できれば春の桜が舞うころに、って」




バーテンダーが目を閉じた。

何かに耐えるような、苦しそうな表情で。




「この国が消えたら、そいつが愛した桜も、その空の風景も見れなくなる」


「その景色が見れなくなるなら、湊様はここで死ぬ、と?」


「あぁ。…他のやつはここから出してやるよ。

それでいいだろ」


「それでは意味がございません」




バーテンダーがゆっくりと目を開いた。

その瞳には、さっきと違う光がこもっている。





「私に、力をお貸ししてくださりませんか?」


「………それが俺になんの利益になんだ」


「湊様が欲しい情報を全て開示いたしましょう」


「………全てって、なんだ」


「……全て、ですよ」




意を決したように、バーテンダーは俺を見つめ続ける。

その瞳には嘘はない。



ただ、何かを成し遂げたいという切望だけだ。







「……お前の動機しだいだな。何が目的か、言え」


「……私は、あなたをお守りするようにと仰せつかっております」


「誰にだ」


「私たちの司令塔、というべきでしょうか」


「なん、だと、」






司令塔?

何かの組織なのか。


俺を守るように言われているということは、俺を何かに利用するつもりか。




真意を探ろうと睨み返す。






その時、バーテンダーがまた、

ーーーー困ったような顔をした。








気づいてしまった。



このバーテンダーが言った意味を。








「お、まえ、まさか、…」


「湊様はやはり聡いお方ですね」





困った顔、笑った顔、憂鬱そうな顔。




場面場面で切り替えられるその表情が、"1ミリも違わず"に同じ表情を作っていた。




「改めまして。

わたくしはシリアルナンバー5018。

Artificial Intelligence、AIでございます」





Artificial intelligence、人工知能。


やはり一人ではなかったか。

というか、"影"が俺を守るために動いているとでもいうのか?



意味がわからない。





「お前は例の"影"か?」


「私たちは影の手足でございます。

皆様が影とお呼びしているのは、司令塔の一機のことだと思われます」


「……その司令塔はどこにあんだよ」


「現在はルナの手中に」


「…………………………………は?」






最悪なところの手中に…

これからどうすんだよ。



つーか、ルナかよ。

俺を守ると言いながら、よりによって俺を殺したくてつきまとってくるあいつがいるルナか。




「……信用ならねぇんだけど」


「AIを止める方法がございます」


「俺の話聞いてねぇだろ…」




話通じねぇ…

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