第47話

夜の街を歩く。

何もない、人もいない街。




静かに眠りにつき、目を冷ますことがないかのようなその空気は、冷たく張り詰めている。






ーーーーカランカラン…







一軒のバーに入った。

もう経営者もいなく、閑散としている。



適当な席に座り、顔を伏せた。







いつだって人を殺せた。

なんの感情も抱かずに、殺していたつもりだった。




今になってこんなに悩まされるとは。






胸が苦しい。痛い。

何も考えずにいられたらいいのに。





「……いらっしゃい」





あるはずのない声がかかる。

少し前から足音がしていたため驚かなかったが、ここにいるはずのない人がいた。





「……ここ、お前の店じゃねぇだろ」


「はい。

ですが、何かお飲みしたいようでしたのでかってに入らせていただきました」




約一週間ほど前に行ったバーのバーテンダーがいた。

2週間後に来いとか言っておきながら、そっちから来るとは…




「何をお飲みになりますか?」


「…………」




今この瞬間にふさわしいカクテルなど、あるのだろうか。

ただひたすらに苦しくて、全身が鉛のように重い。



顔をふせったまま、バーテンダーにオーダーする。




「………おまかせで」


「承知いたしました」




バーテンダーは特に何かを考える様子もなく、すぐに作り始める。





コトリ、とグラスが置かれた。

どう見ても今の状況に不釣り合いなカクテルが出てきた。


こいつのチョイスは最悪だ。




「……エバ・グリーン、か」


「お詳しいですね」


「…なんでこれなんだよ」




ため息をつきつつ、伏せていた上体を起こしてガラスを煽る。





エバ・グリーン

ーーーー晴れやかな心で






「さぁ…。

今一番あなたにふさわしいものだと思ったのですよ」


「へぇ…」




全然心晴れないんだが。




グラスの縁をツッとなぞる。

そういえば、あいつもこうやってグラスの縁を触るのが癖だったな。




「………お顔の色が優れませんね」


「……まぁ」


「眠れないのですか?」


「別に。いつも通りだ」


「いつもどのくらいの睡眠時間を?」


「………関係ねぇだろ」




視線を晒す。

何が言いたいのかわからないが、こいつは俺に何か言いにきたんだろう。


さっさと言ってくれないかと待っていると、また別のカクテルが出された。



ふと見れば、自分が持っていたグラスは空っぽだった。




「……さっきからお前のセンス、意味わかんねぇよ」


「そうでしょうか?

……これは、私からあなたに差し上げたいと思ったのですよ」


「は?…じゃあさっきのはなんなんだよ」


「ホッホッホ。

さっきのは、あなたにそれを、と言われたものです」


「………誰もいねぇだろ」




この爺さん、頭狂ってんのかよ。




目の前に出されたのは、アースクエイク。


ーーーー衝動





「……まぁ、さっきのよりはわからなくとねぇけど」


「そうでしょうか…。

私は、さっきの方が湊様が欲しい答えだったように思います」


「俺が、ほしかった答え…?」




バーテンダーの瞳が切なげに揺れる。

アースクエイクを煽りながら、さっきのエバ・グリーンについて考えた。




晴れやかな心で。









ーーーー君と空が見たかった。春の桜と一緒に










ま、さか…




「………なんで、俺が見た夢の内容知ってんだよ」



キュッ、キュッ、とバーテンダーがグラスを磨く音が響く。

どこか遠くを見つめるようなその瞳は、やはり、寂しそうに揺れていた。

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