第45話

そのまま部屋に行って休むことになった。


秋信は往焚が心配らしく、あいつの部屋でしばらく様子を見るらしい。




澤部等には、明日また来ると伝えておいた。




チャリン、と小さな鍵を眺める。

冷静に考えてみれば、ここに入ったのは俺と秋信、往焚、開理以外にももう一人いた。



この鍵はゼロのか?

でも、なんでまたこんな鍵を…


というか、おかしな点がある。

部屋から香水の香りがしたことだ。




ゼロはわざと使ったりするときもあるが、普段は使わない。

体の匂いがわかるようなものはほとんど身につかないのだ。



それではやはりこの鍵はゼロが置いて行ったわけではない、か。



古びているが、大事にされてきたのだろう。

傷はあるがサビは少ない。

また、曇ってはいるがメッキはそれほど剥がれていないようだ。




少し疲れた。




そっと目を閉じて、そのまま少し眠ることにした。









〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ゼロ Side



朝から晩まで実験。

夜から朝は"あいつ"に抱かれる。





「…お前、屈辱的じゃねぇ?」


「何がですか?」




決まって夜中の3時には休憩を挟む。

筋肉質な体に、左肩甲骨の上あたりには赤い月が彫られている。



「俺にこんな風にされて、さ」



私からはベッドに腰掛けるこいつの背中しか見えないが、見なくてもにやにやと笑っているのがわかる。



「私はあなたの道具。屈辱も何もないです」


「はっ!それいいなぁ。

…あいつの息子、お前に執心だったみてぇだし。いい気味だ」


「……あの人のお父さん、そんなに嫌いですか?」


「ああ嫌いだね。あんな奴の何がいいのか聞きてぇよ」





バカな人。哀れな人。



自分の愚かさにも気付かず、私にこんなことをしている。




「AIは、ご満足いただけていますか?」


「あー、あれな。

何でも簡単にできちまうから逆に拍子抜けだわ。

手応えねぇし、つまんねぇ」




先日、AIを使う方法を教えてやった。

それを試すために適当な組織を選び、潰したのだ。



1日で5組織も潰れた。

1日かけて5組織ではない。


指示1つで5組織、だ。




「あと何したら、あいつは苦しむかねぇ」




私の方に振り返った男は、にぃっと、口元を歪める。

こいつの場合、心も歪んでいると思う。




「……咲夜。死んでも楽になんてさせるかよ」





かつての親友。

何よりも憎い人。




"咲夜の息子"をいたぶることで、その憎しみを消化しようとしているこいつは、本当に哀れだ。





「…なんか言いたそうな顔だな」





男が、私の顔をぐっと掴み視線を無理やり合わせる。

それを静かに見つめた。



目尻にある、目の色をごまかす小型機はまだバレていない。


だから、私の瞳は黒に近い茶色に見えているのだろう。




「言ってみろよ。なぁ?」





咲夜とは、偽名だ。

裏社会で本名を使う人はほとんどいない。


彼の本名を知る人は、いない。




それでも私は知っている。




私は、"記憶媒体"だから。






「それでは、1つ」





男が私の肌に唇を寄せる。

軽いリップ音が、何もない部屋に響く。




「……あなたがしていることに傷つくのは、

あなただけですよ」





男が私の首を思いっきり締め上げた。

憎悪の瞳。




それを静かに見返す。






まだ、気付かないのか。






咲夜の息子を恨むこいつ。

こいつに何度も殺されそうになる湊。

湊を苦しめるための道具である私。



こいつが憎む咲夜。

こいつが憧れたあの人。

こいつが羨むあの人の息子。





パクパク、と口を動かす。

そんなことをしても、この男には聞こえないし伝わらないとわかっている。



それでも、この憎悪の瞳を向けられるたび、首を絞められるたびに、繰り返し口を開く。











ーーーーどうして空は青いんだろうな

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る