第3章 Artificial Intelligence

ある男の記憶 Ⅴ

第42話

どうせなら最高傑作を目指そう、と楽生が言い出した。



人間だけじゃなく、他の動物からも欲しい能力だけ取り出そうということらしい。



容量はすでに掴めていたため、薬はすぐに完成した。




ただ、実験段階で通常の倍熱が引くのに時間がかかるらしい。

ということは、2週間も部屋にこもるのか…




「おーい、咲夜。

被験体の女2人には飲ませて来たから、これはお前の分な」


「あ、あぁ」



ぽん、と手渡されたのは、普通の白い錠剤。

こんなもので精子の遺伝子情報が変わってしまうとは、何というか、複雑である。




自分の遺伝子を無理やり曲げて作る子供なんて、本当に自分の子供と言えるのだろうか。



まぁそんなこと言っても、生まれてきた子供は組織の研究に使われるだけだ。


俺とは何の接点もなくなる。




楽生が薬を飲んだ。

何の抵抗もなく、普通に。





「……咲夜、どうした?」


「……なんでもない」





俺も薬を飲んだ。

熱が出始めるのは3時間後。




最後に、あの桜を見ておきたい。






「楽生。俺らは熱が引くまでしばらく休みになるんだろ?」


「そうなるな。

まぁ、研究は進みすぎてるくらいだし大丈夫だろ」


「……そうだな」


「じゃ、また2週間後な。早く休めよー」



楽生が手をひらひらと振りながら俺に背を向けて歩いていく。



もう追いつけないその背中を見つめながら、よくわからない感情に胸を締め付けられる感じがした。






〜・〜







ーーーー ザァーーーー……









少し葉が混じり始めた桜は、それでも美しかった。

日差しが強くなってきている。

もうすぐ梅雨が来るのだろう。





その木の根元に背中を預けた。

木漏れ日が顔に当たる。


風はまだほんの少し冷たさが残っていた。





俺は、どの被験体にするかを決めることができなかった。


けっきょく楽生に任せ、自分の仕事と楽生の補助をしていただけになってしまった。





楽生の役に立てるのなら、実験体になるのなんて別に苦ではない。

偉大な研究の、しかも最高傑作を目指そうなんてものに協力できるのだから。





「………なんでそう思ってんのに、納得できないんだろうな」






答えてくれる声はない。





しばらく桜の花と葉の間から見える空をじっと見つめていた。








そろそろ部屋に戻るか。




いつまでそうしていたかはわからないが、体がだるくなってきた。

部屋に戻らなければ。



食事や必需品は研究員が持ってきてくれるらしい。

俺の部屋からは桜が見えない。


また見ることができるは、来年か。






施設に入り、自分の部屋に向かう。


本格的に怠くなってきた。

そのままベッドに寝そべりたい衝動に耐え、なんとか部屋着に着替えた。



ベッドに横になる頃には息が上がり、関節が痛むくらいになる。






楽生も、今頃はこの熱に浮かされているのだろうか。




何の遺伝子を組み込んだのかを、俺は聞かなかった。

終わった後、研究するときに知れればいい。



今は知りたくなかった。

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