第4話 溺愛の始まりです

「てめー、何しにきたんだ?」

 背の高い男にいきなりジロリと睨みつけられ、俺は顔を引き攣らせた。スコーピオンクラスの前に陣取っているのは、攻略対象の一人、イアン・ガーネットだった。赤髪の短髪で、筋肉質なワイルド系。エリザベスの幼馴染だ。こいつってたしかよそのクラスでは? 俺はヘラヘラと笑みを浮かべる。

「エリザベスと話したいな、なんて」

「ベスは君と話すことなんかないと思うよ」

 髪を長く伸ばした、まるで女性のように美麗な青年が現れた。この人、攻略対象のクロフォードだっけ。クロフォードは生徒会メンバーの一人で、3年生だ。一見美しいが、毒舌で容赦がない。いきなり攻略対象が二人出てきちゃったよ。

「早く出てけよっ」

 イアンが俺を押し除けた。うおっ、あぶねえな。ふらついた俺を支えたのは、レオだった。昨日の礼を言おうとしたら、彼は俺を突き飛ばした。

 倒れた俺の肩を、クロフォードが肩を踏みつけてくる。なんなんだよこいつら。痛みにうめいていたら、やめて、という声が響いた。どきりと心臓を鳴らし、顔を上げる。こちらに駆け寄ってきたエリザベスは、想像以上に可愛らしかった。いい匂いがして、ドキドキしてしまう。彼女はそっと俺の肩に触れる。

「アルヴィン、大丈夫?」

「なんでそんな奴かばうんだよ、ベス!」

 イアンが吠えると、エリザベスは瞳を潤ませた。

「みんながアルヴィンをいじめるからじゃない! どうしてそんなことするの」

 えっ、俺いじめられてるんだ? ──あ、なんか思い出してきた。ズボンを引きずり下ろされたり、木に吊されたり水かけられたり。毛虫投げつけられたり。トイレに閉じ込められたり、めちゃくちゃな目に遭わされていた。ああ、そのストレスで使用人に当たってたのか? 可哀想なアルヴィン。

 クロフォードは微笑んで、エリザベスの肩を抱いた。

「違うよ、ベス。僕らは君を守っているんだ」

「そーだよ。こいつ、陰気なアルファルドだぜ。薬でおまえをどーこうしようとか考えてんだ」

俺はぎくり、と肩を揺らした。ゲームの中のアルヴィンは、たしかにそういう方法に走った。だけどまだ何にもしてないのにこの扱い、ひどくないか? エリザベスはイアンとクロフォードを睨んで、俺の手を引いて歩き出した。うわ、エリザベスと手を繋いでるよ。顔がかーっと熱くなる。エリザベスは、申し訳なさそうな顔で謝ってくる。

「ごめんなさい、アルヴィン。あの人たち、アルファルドを目の敵にしてて」

「い、いや。あんまり会いにこないほうがいいみたいだな」

「こっそり会いましょうか」

 こ、こっそり!? なんかいやらしい響きだ。まるでロミオとジュリエットみたい。放課後、図書室で待ち合わせをした。エリザベスと別れた俺は、教室へと戻った。エリザベス可愛かったなあ。しかも案外好感度が高いぞ。うまくいけば付き合えちゃえたりして。放課後、俺は早速図書室へ向かった。エリザベスを待ちながら本棚を眺めていたら、ヒソヒソと囁く声が聞こえてきた。

「レオ様、今日も素敵〜」

「でもさあ、近寄りがたいよな」

「子供を助けたんですって! 冷たく見えるけど優しいのね」

 レオは奥まった場所で本を読んでいた。アルヴィンは声をかけようか迷って、意を決して近づいて行く。近くに立つと、レオが顔を上げた。威圧的な視線に気圧されながらも、なんとか口を開く。

「あ、あのさ、昨日、ありがとう」

「話しかけるな」

 なんだこいつ、コミュ障? ムッとしていたら、レオが立ち上がった。おっ、なに? 彼は俺を本棚まで追い詰めて、ばん、と顔の横に手をついた。俺はビクッと震えて、レオを見る。冬の湖みたいな、アイスグレーの瞳がこちらを見つめていた。思わず息を飲んで、その目を見返す。まるで作り物のような、形のいい唇が動いた。

「はっきり言うが、俺はおまえに対して目障りだから消えろとしか思ってない」

「っ……」

「エリザベスにも近づくな。今度は下着を下ろされるぞ」

レオが立ち去ったあと、アルヴィンはなんだよ、とつぶやいた。なんだよ……俺、まだそこまで悪いことしてないだろ。エリザベスと親しくしたからって嫌がらせするなんて、ガキかよ。もういい。あんなやつと親しくなろうなんて間違っていた。エリザベスだけに集中しよう。

 

俺は校内の広い庭園で、エリザベスが友人たちと笑い合っている姿を遠くから見つめていた。ああ、可愛いな……。彼女に声をかけたくても、常時クロフォードとイアンがべったり張り付いている。あの二人に敵う気はまるでしないし、虐めの記憶は鮮明で、さすがに割って入る気にはなれない。元々アルファルドクラスと、スコーピオンクラスは犬猿の仲なのだ。廊下ですれ違えば歪みあい、合同授業では足を引っ張り合う。学園のモットーは「調和と創意工夫」らしいからまるで添えてない。


「とにかく、話すきっかけが必要だ……。誰か、協力者を見つけなきゃな」


レオほどではなくとも、アルヴィンも金持ちの坊ちゃんなので取り巻きは存在している。まあ、金とか権力をちらつかせて言うことを聞かせてたみたいだけど。性格が悪いからしかたないが、フツーの友達がいない時点でかなり気の毒だ。多分、そんな友達がいたら道を踏み外さないけどな。ともかく彼らは無条件にアルヴィンを崇拝しており、指示を出せば従うだろうと考えた。


「エリザベスと二人きりになれるかも……」


俺は魔法でカードを飛ばし──スマホなんて便利なものはない──取り巻きの中で最も忠実なジェラルドを校舎裏に呼び出した。ジェラルドは典型的な忠誠心の厚いタイプで、俺の命令には逆らわないだろうと期待していた。


「ジェラルド、ちょっと頼みたいことがあるんだ」


「もちろんです、アルヴィン様。どんなことでもお命じください!」


「エリザベス様と……その、少し話したいんだ。だから、何とかして彼女と二人きりになれるようにしてくれないか?」


ジェラルドは少し驚いた表情を見せたが、すぐに恭しく頭を下げた。


「お任せください、アルヴィン様。エリザベスと二人きりにする機会を作りましょう」


ジェラルドの忠誠心に感謝しつつ、俺は胸を撫で下ろした。これで何とかエリザベスと会話をするチャンスが生まれるはずだ。誰にも邪魔をされずに話ができる。やっぱり女の子には星の話とかするのがロマンチックだよな……。

 俺は頰を染め、二人きりの語らいを妄想した。


✖︎月◯日

エリザベスと仲良くなるため、ジェラルドに協力を依頼した。まず二人きりになり、星座の話をする。そして、彼女が好きなくまのぬいぐるみをプレゼントする作戦だ。この作戦がうまくいくことを願う。追記:暦によれば、破滅まで90日。

 −ぬいぐるみ代 3万ローラ

 

翌朝、俺は馬車の中から、双眼鏡を手に門の方を見つめていた。エリザベスが金の髪をなびかせ、学院に向かって歩いている。さすがヒロイン、今日も可愛らしいな。ほうっ、と見惚れていたら、カードが飛んできた。

「作戦を実行します」と書かれている。

俺は、門の前に待機しているジェラルドに視線を向けた。ジェラルドは、エリザベスに声をかけている。クロフォードとイアンはフェンシング部なので朝練がある。この時間だけはエリザベスは一人なのだ。エリザベスは、ジェラルドについて歩き始めた。双眼鏡を持つ手に力がこもる。さあ、いよいよだ。


馬車から降りた俺は、急いで門を抜けた。ジェラルドとエリザベスは、庭園に入って行く。ここの庭園は迷路みたいになっていて、外から見えない。エリザベスが、誰もいない庭園の一角に誘導され、ついに彼女一人になる瞬間が訪れた。


「今だ、行くしかない……!」


俺は心を決め、エリザベスに向かって一歩踏み出す。しかし、彼女に声をかけようとしたその瞬間――


「アルヴィン……」


低く響く声が背後から聞こえ、俺はその場で硬直した。ゆっくりと振り返ると、そこにはレオが立っていた。彼は冷たい瞳でこちらをじっと見つめている。こ、殺される……。俺は顔を引き攣らせ、後退った。しかし、植え込みがあって阻まれてしまう。俺は、引き攣った笑みをレオに向けた。


「レ、レオ……な、なぜここに……?」

「なぜ? 俺は忠告したはずだな。エリザベスに近づくなと」

レオが一歩踏み出すたびに、芝生がパキパキ、と音を立てて凍りついている。俺は庭園の植え込みの前まで追い詰められた。レオが手を伸ばして、俺の襟首を掴んだ。人間味があまりない、美しい顔が近づいてくる。あまりの冷気に息ができなくなった。

「っ、苦しい」

「なぜエリザベスに近づく?」

「俺はただ、仲良くしたくて」

「おまえごときがエリザベスと? 現実を見ろ。おまえはアルファルド、陰湿な蛇。エリザベスはスコーピオン。輝く星だ」

 視界がだんだんかすんでくる。ここで殺されるのだろうか。そう思っていたら、エリザベスが駆け寄ってきた。

「レオ!」

 レオは俺の身体を植え込みの中に放った。そうして、エリザベスに近づいて行く。ついでに、こちらに刺すような視線を送ってくることも忘れなかった。そんなに俺が嫌いかよ……むかつくな。

 エルヴィン、エルヴィン大丈夫!? エリザベスが呼んでいる。エリザベス、気持ちはありがたいけど今は離れてくれ。あいつが戻って来る……。

 俺は、ガクガクと身体を震わせたあと、がくり、と意識を失った。せっかくの作戦もくまのぬいぐるみも、無駄に終わった。もはやエリザベスに接近するのは、NBAの選手相手にゴールを放つぐらい難しい。ふ、と瞳を開いたら、真っ白な天井が見えていた。

 

「大丈夫かい、エルヴィン」

「か、カーティス先生」

「凍傷になりかけてたよ。可哀想にねー」

 カーティスは優しくアルヴィンの頰を撫でる。攻略対象の中でいい人なの、この人ぐらいなのでは? エリザベスは、泣きそうな顔をして俯いていた。

「ごめんなさい、アルヴィン……」

「ううん、いいんだ」

 俺が近づこうとしたら、エリザベスが傷つく。だから、仕方がないのかもしれない。エリザベスから離れて、静かに生きるしかないのかも。孤独なアルファルドみたいに。

 図書室に本を返しに行った俺は、魔法薬学の棚を眺めた。せめて得意な分野の勉強だけでもしとかなきゃな。取り柄がなくなってしまう。俺は棚から本を抜き出して、パラパラとめくった。すると、とある言葉が目についた。──惚れ薬。ないない。破滅しちゃう。俺はかぶりを振って、本を棚に戻した。


猛勉強の結果、俺はなんとか魔法薬学の一位を死守した。残りの科目はギリギリだったが、赤点は免れた。廊下に張り出された順位表を見て、ジェラルドがすかさずほめそやしてくる。

「さすがです! アルヴィン様」

「いや、大したことないよ」

「そーだよなあ、他はレオにぼろ負けだからな?」

イアンが肩に肘を乗せてきた。ぐりぐりと抉られて痛い。いつのまにか、そばに来ていたクロフォードに足を踏まれた。痛みに耐えていたら、背後から伸びてきた手が俺の襟首を掴んだ。

 いきなり引き倒され、蹴り飛ばされる。痛みに目の前がチカチカした。ジェラルドは、慌てて俺に寄り添った。

「アルヴィン様っ! レオ! 何をするんだ」

「まだ学園にいたのか。さっさと辞めろ」

 鼻血がボタボタ出てきて、制服が血で汚れた。ジェラルドは真っ青になっている。ゲーム通りなら、こいつらとエリザベスが結ばれるのだ。こんなやつらに……エリザベスを渡していいのか。たしかに、俺はゲームのキャラと違ってパッとしない性格だ。だけど少なくとも、あいつらよりマシだ。俺は歯噛みして、笑いながら歩いて行く彼らを見送った。


俺は、薬学室で惚れ薬を精製していた。アルファルドクラスの生徒にとって、魔法薬学は得意中の得意である。他の科目はレオが一位だが、魔法薬学ではアルヴィンがダントツだった。作った惚れ薬を試したいけど、誰に飲ませようか。そう思っていたら、ジェラルドがやってきた。

「ジェラルド、これを飲め」

「はい!」

 素直なジェラルドは惚れ薬を一気に飲んだ。しばらくすると、効果が出始める。ポーッとこちらを見ているが、あんまり普段と変わらない。ああ、こいつは割とアルヴィンに好意的だったな。解毒剤を飲ませたら、あっさり元に戻った。

問題はどうやってエリザベスに飲ませるかだよな。彼女の周りには恒星みたいにあの三人がうろついているし、変なものを飲ませようとした時点で八つ裂きにされる。まさに命懸けである。俺は、図書室で考え込んでいた。目の前には、薬瓶。

「うーん、どうしよう」

「何がだ」

 いきなり声が聞こえてきて、俺はビクッと震えた。いつのまにか、レオがそばに立っていた。うわっ、なんだよ。ビクビクと震える俺を見て、レオが目を細める。止める間もなく、薬瓶を掻っ攫われた。

――ゴクリ。

俺の目の前で、レオが薬を飲み干す光景がスローモーションのように感じられた。俺は、口をポカンと開けてしまう。えっ……何してんだこいつ。彼は薬瓶を床に放った。口元を拭って、じっとこちらを見つめる。いつもは温度がないアイスグレーの瞳に、熱が灯っていた。逃げようとした俺の腕を掴んで、本棚に押し付ける。

「な、っ、ん……!」

 いきなり唇を奪われて、俺はビクッと身体を震わせた。もがいた身体を抱き寄せられ、深く口付けられる。腰が密着して、熱を感じた。吐息混じりの口付けが、だんだん深くなってくる。やばい、だろ、これ……っ。レオが唇を離して、俺の頬を撫でた。

「……可愛い」

 超絶美形に褒められて、不覚にも顔が熱くなってしまった。そりゃアルヴィンは黙ってりゃ美少年だからな。だが中身は俺である。

「い、いや、よく見ろ。おまえの嫌いなアルヴィンだ」

「好きだ。セックスしよう」

せ、セックス!? 普通、まずはデートとかじゃないのかよ! すごい本能に忠実だなこいつ。R指定乙女ゲームのヒーローだからか。このままじゃ確実にやられる。さっさと撒いて、解毒薬を作らなければ。俺はあらぬ方向を指差して、「あっ!」と叫んだ。一瞬緩んだレオの腕から逃れ、図書室を後にした。

 俺は急いで薬房に駆け込んで、解毒剤の作り方を展開した。しかし、なぜか「エラー」と出ている。エラーってなんなんだよ! 必死になっていたら、バン、と音を立ててドアが開いた。そこにレオが立っていたので、俺は思わず悲鳴を上げる。レオはドアを凍りつかせて施錠した。怯えている俺に、発情しきった顔で近づいてくる。

「アルヴィン……」

「ま、ままて。俺はおまえを好きとは言ってない」

「そうなのか? 俺が嫌いか?」

 そっちが嫌ってたんだろうがっ!俺は懐から杖を取り出したが、あっさりその手を押さえつけられてしまった。レオはクスッと笑って囁きかけてくる。

「照れてるのか? 可愛い……」

照れてねーよ! レオが杖を振ると、俺は生まれたままの姿にされてしまった。


 

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