第5話 ストーカーはやめてください

篤郎は、俺をいやらしい身体にして、あっさり捨てた。ありえないけど、もし再会したら復讐してやりたい。あいつのせいで、俺はもう女の子とはHできない身体になってしまったのだ。

 気がついたら、自室のベッドに寝かされていた。ああ、なんだ夢か。そうだよな、レオが俺に惚れてセックスするなんてありえない話だ。やけに身体がだるくて腰が痛いけど、絶対に気のせいに違いない。夕飯になるとシャンクスが呼びにきたが、レオが来たかどうか確かめるのが怖くて聞けなかった。翌朝、俺は解毒薬を作ってスコーピオンクラスへ向かった。どうやら、レオはまだいないようだ。クラスメートに託して行こうか、と思っていたら、背後から声をかけられた。

「おはよう、アルヴィン」

「ひーっ」

「アルヴィンは面白いな」

いつのまにか、レオが背後に立っていた。滅多に見ない微笑みを向けられ、俺はバクバクと心臓を鳴らした。いきなり後ろに立つなよ! ……まあいいか。むしろ好都合だ。解毒薬を突きつけると、レオが目を瞬いた。

「なんだ?」

「えっと、差し入れ」

「ありがとう」

 レオは素直に受け取った解毒薬を一気に飲み干した。俺は変化を見守ったが、彼はあっさり、また後でと言って教室に入って行った。変化がないように見えたけど、遅効性なんだろうか。まあ答えは後でわかるだろう。放課後、「食堂で」というカードが飛んできた。ジェラルドは決闘ですか、と息巻いている。まあ、別の意味での決闘を要求される可能性はあるな。食堂に向かうと、すでにレオが席についていた。周りから見惚れられているが、気にするそぶりはない。

 俺は、レオの前の席に椅子を引いて腰かけた。最上級のイケメンにじっと見つめられると、集中力が削がれる。俺を見つめたアイスグレーの瞳が、柔らかく緩んだ。

「今日も可愛いな」

「……効いてないじゃん」

「何がだ?」

 レオは俺の手を握りしめてきた。近くに座っている生徒が、チラッと見てくる。おいおい、何してんだ! レオは周りからの視線などまるで気にせず、俺だけを見つめている。

「順番が逆になったが、俺と付き合ってくれ」

「は、何言ってんだ、レオ。僕たちは敵同士だぞ?」

「だが、俺たちはセッ」

「せっかくだから何か食べようか!」

俺はトレーを手にして列に並んだ。背中にレオの刺すような視線を感じる。二人きりになった瞬間やられそうで怖い。解毒薬も効かないってなったら、どうすりゃいいんだ? カーティス先生に相談に行こうかな。牛乳は嫌いなので取らずにいたら、レオが勝手にトレーに置いてきた。

「アルヴィン、牛乳を飲んだ方がいい。飲まないと背が低いままだ」

「おまえ喧嘩を売ってるのか?」

「前は牛乳が好きだった」

俺はぎくっと肩を揺らした。なんで知ってるんだ。そんな細かい設定、うちの姉ちゃんぐらいしか知らない情報では?まさか転生者だとバレてないよな? 俺が知っているゲームとは、今や全く違うシナリオを進んでいるようだった。これじゃまるで姉の妄想2次創作である。そのあと合同体育の時間で一緒になったのだが、身体は大丈夫かとか、無理をするなとか、甲斐甲斐しく気遣ってきた。

おまえ態度が違いすぎるだろ! 温度差で風邪ひくわ。戻った時の反動が怖すぎる。授業中もレオの情熱的な視線が鋭く突き刺さり、集中できない。下手に拒絶すれば、レオの執着がさらに強くなるかもしれないし、受け入れるわけにもいかない。どうすればこの場を切り抜けられるのか――。


「頼む、ジェラルド。俺と恋人のふりをしてくれ」

「あ、アルヴィン様……?」

 アルヴィンの願いをなんでも叶えるジェラルドだが、この頼みにはさすがに引いたらしかった。俺は仔細を飛ばして、レオが惚れ薬を飲んでしまったのだと話した。ジェラルドは不思議そうな顔をしていたが、やがてこくりと頷いた。

「わかりました、そういうことなら」

 話が早くて助かる。俺はジェラルドを連れてレオのところへ向かった。恋人がいると話したら、レオの周りの温度が一気に下落した。ジェラルドは、レオの眼光にビビりまくっている。やばい、フォローしなければ。

「そ、そういうわけだから。おまえとは付き合えない」

「嘘だな」

「え?」

「アルヴィンは処女だった」

 ジェラルドはその言葉に真っ赤になった。一方の俺は必死になって抗弁する。

「僕たちはプラトニックな関係なんだ。おまえみたいに脳が性欲に直結していないんだよ」

「好きだから抱きたいんだ。何が悪い」

 いつのまにか、周りにギャラリーが集まっていた。しかもその中にはエリザベスもいる。このままじゃホモにさせられてしまうじゃないか。俺は必死になって抵抗した。

「俺はおまえに消えろとか言われたし、殴られて鼻血出したんだぞ! そんなやつとなんで付き合えるんだ」

「それは悪かった」

「悪いですむか! 行くぞ、ジェラルド」

俺はジェラルドを連れて教室へと戻った。



一限目は、合同授業だった。教室にはすでに生徒たちが集まっている。しかし、異様な光景が目に飛び込んできた。レオが俺の隣に座っているのである。スコーピオンクラスとアルファルドクラスの人間が並んで座るなんて、普通ありえない話だ。しかも俺たちは本来、犬猿の仲である。生徒たちは顔を見合わせてざわつき始めた。


「なんでレオがアルヴィン様と……?」


「仲良かったっけ……」


誰もが驚き、ひそひそと話し始める。ジェラルドや他の生徒たちも、戸惑いの表情を隠せなかった。一番戸惑っているのは、俺本人である。──めげろよ、さっきので! まだあれから10分ぐらいしか経っていないのに、こいつのメンタルはどうなっているんだ。


「アルヴィン様、一体どういうことですか?」


取り巻きの一人が恐る恐る聞いてくる。だが、俺が答える前に、レオが口を開いた。


「これからは、アルヴィンのそばには俺がいる。お前たちはもう用済みだ」


その冷たい一言に、取り巻きたちは一瞬で青ざめた。反論が出そうなものだが、普通の生徒たちはレオの言葉に逆らうことなど到底できないのだ。用済みってなんだ、勝手に決めるな。レオは一時の感情で暴走しているだけだが、俺の学生生活はまだ続くのだ。俺は慌ててその場を収めようとする。


「ちょっと待て、勝手に決めるなよ! 彼らも大事な友人なんだ!」


なんとか取り巻きたちを庇おうとする俺。ジェラルドたちは感動したようにこちらを見つめた。しかし、レオは俺の言葉を聞いて少し眉をひそめている。

「友人……? 俺よりあいつらのほうが大事だって言いたいのか」


レオの視線が鋭くなる。そもそもおまえを大事と言った覚えはないんだよ! このままでは、どんな行動も制限されてしまいそうな勢いだ。朝目覚めた瞬間からレオに付き纏われる未来を想像し、ゾッとした。


「え、ええと、もちろん本心だよ。友達は大事にしたいし……レオにも大切な人がいるだろう?」


なんとか話を逸らそうと、俺はレオの注意を自分から離そうと試みる。しかし、レオの目は俺だけを見つめていた。


「俺にとって、一番大事な人はお前だけだ。誰もお前には代わりにならない」


「そ、そう……ですか」


重い。どう考えたって、俺はレオにとってそんな存在ではない。すれ違えば無視、授業で一緒になれば歪み合う。エリザベスに近づけば殴る蹴る。そういう関係だったはず。もしかして、悪感情を抱いているほど惚れ薬が効くってことなんだろうか。普段これだけ執着されているとしたら、大変だな、エリザベスも。


レオは移動教室のみならず、アルファルドクラスにまで入ってきた。

俺は教科書越しに隣を伺った。隣には、当然のようにレオが座っている。ちなみに隣の席の人間は、冷たい視線を向けられ、どかされてしまった。クラスメートたちはチラチラとこっちを見ているが、何も言えないらしい。元々明るいクラスではないため、「なんでレオがいるんだよ、ウケるー」みたいなノリの生徒がいないのだ。そういうのは、アルタイルクラスの役目である。ああ、どうすりゃいい!


「アルヴィン、何か困っていることでもあるのか?」


俺が百面相をしていたら、レオが優しげに問いかけてきた。普段なら冷ややかで距離を保っているはずの彼が、今や自分を心配する素振りを見せているのはおかしいとしか言えない。おまえだよおまえ! おまえに困らされてるんだよ! そう言いたいのを我慢して、笑みを浮かべる。


「い、いや、何もないよ。ただ、ちょっと考え事をしていたんだ」


「そうか。だが、もし何かあればいつでも俺に言え。お前が悩むことがないよう、すべての問題を俺が解決してやる」


「そ、そう? じゃあ自分のクラスに帰っ……」


俺が言葉を続けるよりも先に、教師が部屋に入ってくる。魔法薬学担当の、マーヴィンだ。マーヴィンはすぐに違和感を抱いたらしく、レオに視線を向け、怪訝な表情を浮かべた。

「ん? 君はスコーピオンクラスだろう。早く自分のクラスに帰りなさい」

「おまえは俺とアルヴィンを引き裂くつもりということか?」

 レオの冷気が教室を凍りつかせ、教師の足元まで流れて行く。レオの魔力は一介の教師をはるかに上回っているのだ。教師は顔を引き攣らせ、さっ、と目を逸らした。「い、いや、君は優秀だし、全ての授業を受ける必要もないか。好きにしなさい」

 好きにしろじゃないだろ! もっとちゃんと注意しろよ! しかし、マーヴィンはすでに知らぬふりで授業を始めていた。誰でも自分が一番大事なのだと、俺は諦念を覚えた。



「この魔法薬は遅効性であり、人間の体内に入ってから24時間後に効き始める……」

好きな薬学の授業が始まったが、内容はほとんど頭に入ってこなかった。違うクラス、それも犬猿の仲のレオが隣に座り続けるという異常な状況に、周囲の視線が痛いほど突き刺さっていたからだ。問題は、レオが正気に戻った時だ。彼はなぜそうなったか考え、とある結論に達するだろう。そして俺を殺す。俺の身体が恐怖でガタガタと震え始めた。


(くそ……何とかしないと、このままじゃ本当にゲームどころか、俺の人生が終わるぞ!)


 そのとき、突然レオが手を上げた。


「アルヴィンの調子が悪いらしい。俺が保健室まで連れていく」

「は? そうなのか、アルヴィンくん」

「いや、まあ、はい」

 ここで逆らうと、のちのち面倒なことになりそうだったので頷いておいた。立ちあがろうとしたら、レオは突然俺を抱き上げた。教室がざわめき出す。俺は真っ赤になってもがいた。

「おい、離せ」

「危ないから暴れるな。ああ、顔が赤い……熱があるのか?」

 レオが額をくっつけてきたので、俺は悲鳴を上げそうになった。長いまつ毛や、冬の湖みたいな瞳が至近距離にあって、ぶわっと顔が熱くなる。教室が大騒ぎになっているのを聞きつけたのか、他のクラスの連中が様子を見にきた。その中には、エリザベスもいる。彼女は目を丸くしていた。俺は慌てて出入り口を指差す。

「れ、レオ! エリザベスが見てるぞ」

「俺はおまえしか見ていない。だからおまえも俺だけを見ていたら良い」

 レオのセリフに、女子がきゃーっと叫んだ。キラキラという効果音がつきそうだ。おまえそんなキャラじゃなかっただろ。これで学園中に俺とこいつができているという噂が蔓延するに違いない。もう終わりだ。

 レオは放心状態の俺を連れて、保健室へ向かった。なぜか誰もいない。保険医はどこへ行ったんだろう。嫌な予感。レオはかいがいしく体温計を差し出してきた。

「ほら、熱を測れ」

「大丈夫だから、クラスに戻れよ」

「おまえが苦しんでいるのに、授業なんて受けていられない」

 こいつと話していると、禅問答してる気分になるな。俺は咳払いし、じっとレオを見つめた。白皙の美貌がかすかに赤くなる。こいつは惚れ薬が効きまくっている状態なので、俺の懇願には弱いはず。俺は、そっとレオの袖を掴んだ。レオは瞳を揺らして、俺を見つめてくる。

「なあ、レオ。俺は目立つのが苦手なんだ。今まで通りにできないかな」

「だが、俺はおまえを守りたい」

「だって俺たち敵家同士だろ? 父親に知られたら大変だしさ」

「……秘密で交際しようということか」

もはやみんなの前であれだけ態度を変えて、秘密も何もないが。レオが頷いたのでホッとした。彼の唇が、俺の唇に重なろうとした瞬間。いきなりカーテンが開いた。伸びてきた手が、レオの首根っこを掴んで持ち上げる。

「うちはそういうのは禁止だよ?」

「カーティス先生」

 あぶねえ、またキスされるところだった。レオは凍りつきそうなぐらい冷たい目を、カーティスに向けた。

「カーティス……邪魔をするな」

「一応、先生をつけようか?」

「せ、先生! 俺早退したくて。家に連絡できますか」

 慌てて頼んだら、カーティスがああ、いいぞと返事をした。ああ、助かった。原作に存在しないボーイズラブ展開に一気に向かうところだった。安堵のため息を漏らす俺を、レオがじっと見つめていた。ついて来ようとするレオをなんとか撒いて、迎えの馬車に乗って帰宅した俺は、自室に直行して、ベッドに倒れ込んだ。ああ疲れた。でも、解毒剤のことについて調べなくちゃ。とりあえず着替えて……。俺はノロノロと起き上がり、上着を脱いだ。伸びてきた手が、上着を手にする。

「これはクローゼットに仕舞えば良いのか」

「ああ、うん」

あれ? いま、レオの声がしなかったっけ。まあ気のせいだよな。しかし、シャンクスのやつついにタメ口かよ、まあ良いけど。俺は貴族じゃないので、別に敬語を使われなくても構わないのだ。ネクタイを解いて、シャツのボタンを外し始める。やけに背中に熱い視線を感じ、顔を上げた。レオがじっとこちらを見つめている。

「!?」

「おまえの背中は綺麗だな」

 熱っぽく囁かれて、背中がぞくりとした。どうやって入ってきたんだよこいつ! 急いでベルを鳴らして、使用人を呼ぶ。やってきたシャンクスが、レオを見て驚いた顔をした。

「えっ、誰すか?」

「おまえが誰だ」

「シャンクスっす。坊っちゃん、お友達いたんすね」

「こ、この方はお帰りらしい。玄関までお送りして」

 こちらの言葉を無視し、レオはシャンクスに近づいて行き、低い声で問いかけた。

「おまえは毎日、アルヴィンの着替えを見ているのか」

「いや、最近入ったんで。あ、こないだ足拭きました」

 その答えにレオが怒りをあらわにした。やばい、このままだとシャンクスが殺される。とりあえずシャンクスにお茶を頼んで下がらせた。レオは長い足を組んでソファに腰掛け、じっとこちらを見つめている。気まずいし、手持ち無沙汰だしで髪をいじった。こいつがいたら、日記も書けないし、解毒薬について調べられない。今まで仲が悪かったので、共通の話題なんかないし。ああ、一つあった。

「あ、あのさ。エリザベスって可愛いよな」

 レオはピクッと肩を揺らし、こちらを見た。

「おまえは、あの女が好きなのか」

「そりゃ……おまえだってそうだろ」

「よく覚えていない。だけどおまえを好きになる以前の記憶が抜けている」

 記憶喪失を引き起こしているのか、やばくないか、あの薬。とりあえず、マーヴィン先生に確かめてみなきゃな。レオがやっと帰ってくれたのは、夕飯前のことだった。シャンクスには「帰り際めちゃくちゃ睨まれたっす。やばいっすねあの人」と言われた。惚れ薬の効果は48時間。明後日には効果が切れるはずだが……。ふと、薬を飲ませるより、記憶を消せば良いのではないか、と思いついた。俺は、記憶消去の薬について調べ始めた。

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