第13話 俺の人生は破滅的です

×月◯日

 忘却薬を飲んだら、レオが俺のことを忘れた。王宮のパーティーには、当初の予定通りエリザベスを誘おうと思う。


「坊ちゃん、顔色が悪うございます」

 セバスチャンの言葉に、俺は顔を上げた。彼は心配そうな眼差しでこちらを見ている。

「全然平気だよ。ちょっと本屋に行ってくるから」

 セバスチャンに笑みを向けて、屋敷を後にする。馬車に乗り込んだ俺は、街へと向かった。馬車から降りて、本屋への道を歩いていく。途中、宿屋の前を通りかかった。いまだに修繕中なのか、シートがかけられている。あの宿屋でレオに助けられた。俺のためじゃない、とは言われたけど。

 忘却薬を飲ませて以来、以来、今までのことが嘘みたいにレオが近づいてこなくなった。レオはスコーピオンクラスに戻って、前までと同じくエリザベスのそばにいる。エリザベスは困惑したように、何かあったのか、と尋ねてきた。何もないよ、と俺は答えた。少なくとも、何もなかったとレオは思っている。だからそういうことにしなきゃならない。アルファルドクラスの人々も、突然レオが態度を変えたことに困惑しているらしかった。でも、これが普通なんだ。

 中庭のベンチでエリザベスと話していたら、目の前にレオが立ち塞がってきた。心臓が跳ねたが、なんでもないふりをする。レオはお決まりのセリフを口にした。

「エリザベスに近づくな。殺すぞ」

「なぜ君の許可を得なければならない? わざわざ王宮からの招待状を届けにきたんだ」

 俺が招待状を差し出すと、エリザベスはそれを受け取った。レオが非難するように叫んだ。

「エリザベス!」

「レオ、私アルヴィンと仲良くなったの。あなただって、そうなのよ」

「誰がこんなクズと親しくしたがるんだ」

 レオは、エリザベスの手から招待状を取り上げ、ビリッと破いた。その瞬間、心臓を突かれたような痛みが走る。墜落するアンタレスが脳裏に浮かぶ。エリザベスは、目を剥いてレオを睨んだ。

「何するの!」

「パーティーなんて行かせない」

「私はあなたの指図なんか受けないわ!」

憤慨したエリザベスはレオを置いて歩いて行く。レオはこちらを睨みつけ、エリザベスを追って歩いて行った。俺は、引き裂かれた招待状を拾い集めた。杖を取り出して、「リペア」と唱えて修復する。どうしようかな、他に誘う相手もいない。俺には、友達も恋人もいないんだ。人を傷つけてばかりの、悪役令息だから。ベンチに座っていたら、ふっ、と影が落ちた。

「浮かない顔だね」

「あ、クロフォード先輩……」

「ん、招待状? 誰かと行くの?」

「いえ。振られちゃって」

 俺は苦笑した。エリザベスは、行ってくれそうだった。レオさえいなかったら、うまくいくかもしれない。だけど彼女の相手役はレオなのだ。俺がエリザベスと結ばれようなんて思うのが間違いだ。クロフォードはじっと俺を見て、口を開いた。

「僕と行こうか」

「え」

「王宮騎士団に入りたいんだ。いわゆる、コネ作りかな」

 クロフォードはそう言って微笑んだ。クロフォードといると、気分が軽くなる。彼は悪役令息だった俺を、受け入れてくれているから。

 パーティー当日、俺は白のジュストコートを着て馬車に乗り込んだ。そのまま、クロフォードの屋敷まで迎えに行く。馬車から降りたら、顔を真っ赤にした男性がやってきた。

「きさまっ! なんのつもりだ。出ていけ!」

「え、わ、っ!?」

 俺は飛んできた物を慌てて避けた。クロフォードは、呆れた顔でアルヴィンに寄り添う。

「父さん、彼は僕の友人だよ」

「学費はそいつに出させたんだろう! 哀れな我が家に施しをしてやろうという腹か? 実に不愉快だっ」

 怒り心頭の彼から逃れるように、クロフォードと一緒に馬車に乗り込む。俺が合図したら、ガタガタと馬車が走り始めた。クロフォードは肩をすくめて見せる。

「ごめんね、父はプライドだけ無駄に高くって」

「いえ。でもいいんですか、俺とパーティーに行って」

「コネ作りだからね。父も本当はありがたいと思ってるよ」

そういうもんなのかな。王宮にたどり着いた俺は、クロフォードと一緒に、馬車から降りた。当然ながら、腕を組んで入り口へ向かうのは着飾った男女のペアばかりだ。よく考えたら男同士ってありなのだろうか。入場できるかな、と躊躇したが、クロフォードは俺に腕を差し出してきた。その腕をとって進んでいくと、侍従が招待状を出すよう言ってきた。俺が差し出した招待状を受け取り、ギョッとする。

「アルヴィン・フォン・ベルグレイズ伯爵子息、並びにクロフォード・アッシュ様!」

 高らかに名前を呼ばれて、恥ずかしくなる。そんなに大袈裟にしないでほしいんだが。身を縮ませていたら、クロフォードが囁いてきた。

「多分、王太子の印章が入ってたからだね。王太子の名前っていうのは、すごいね」

「そうですね」

 俺は、ロイドを探して視線を動かした。呼んでもらったんだから、挨拶しなきゃだめだよな。ロイドは、栗色の髪の可愛らしい女の子と一緒にいた。蜂蜜色の瞳がよく似ている。もしかして血縁だろうか。二人からは、まさに王族に相応しい華やかさが感じられる。俺が近づいて行くと、ロイドが微笑んだ。

「やあ、よく来たねアルヴィン。それとクロフォードだったか? こちらは妹のシエルだ」

「お招きありがとうございます、殿下。こんばんは、可愛らしいお姫様」

 クロフォードに挨拶されたシエルは、顔を赤らめている。二人はダンスを踊り始めた。ロイドは俺にシャンパンを差し出してくる。俺はそれを受け取って礼を言う。ロイドはクスッと笑って、俺の耳もとに囁いてきた。

「それは媚薬入りだ」

 なんの警戒もなくシャンパンを飲んだ俺は、思わず咳き込んだ。ロイドは笑いながら、冗談だよと言っている。やめてほしいんだよな、そういうの。おかげで服が汚れてしまった。ロイドは杖を振って汚れを落とす。

「ありがとうございます」

「君は可愛らしいな」

 ニコニコ笑っているロイドに、俺ははあ、と相槌を返す。なんか変わった人だな。イタズラが好きなのだろうか。ロイドは踊ろう、と手を差し出してきた。俺、男だけどいいのか? それに王宮のパーティーでロイドと踊るのは、エリザベスのはずだ。俺は、戸惑いつつもロイドの手を取る。そこではた、と動きを止めた。よく考えたら、ダンスの仕方がわからない。予習しとくんだった! わたわたしている俺を、ロイドは微笑ましそうに見つめている。

「っ、すみません。ダンスは、苦手で」

「いいんだよ、ゆっくりで」

 ロイドは俺を巧みにリードした。なんか余裕で、大人って感じがする。ロイドって、たしか学園に通ってないんだよな。多分同じ年代だと思うが、何か理由があるんだろうか。あの、と問いかけたら、ロイドが首を傾げた。

「殿下は魔術学園には通われないのですか」

「ああ……興味はあるけどね。一応こういった立場だから」

 彼は少し寂しそうに目を伏せた。王太子なんだから、警備が必要な外部に長く滞在できないってことなんだよな。華やかに見える生活だが、不自由も多いんだろうな。

「学園生活は楽しいかい、アルヴィン」

「はい。まあ困ったこともありますけど」

「羨ましい限りだ」

 俺はちらっと背後を見た。ご令嬢たちが悔し気にこちらを見ている。ロイドと踊りたい人間が列を成しているのだ。恨まれるのも嫌なので、ロイドから離れて軽食をとりに行くことにした。どれを食べようか迷っていたら、脇からすっ、と手が伸びてきた。脇にどこうとした俺は、ハッとする。こちらを見下ろしていたのは、レオだった。銀髪を整え、礼服を身につけている彼は見惚れるほど美しい。思わず息を止めたら、レオは冷え切った声で尋ねてきた。

「なんでおまえがいる」

「べ、別にいいだろ。おまえこそ」

「エリザベスと来た」

 レオは招待状を見せつけてきた。エリザベスが来てるのか。視線を動かしていたら、いきなり襟首を掴まれた。おい離せ、と叫んだけど無視される。レオは俺をクローゼットルームに連れて行き、鍵をかけた。ソファに投げられた俺は後退する。レオは威圧的な瞳でこちらを見下ろしていた。

「な、なんだよ」

「おまえと俺がやってるとかいう、不愉快な噂が出ている」

俺はぎくり、と肩を揺らした。噂っていうか、事実だし。あからさまに動揺している俺に、レオが瞳を鋭くする。

「ここ一月の記憶がない。俺に何をした?」

「なにも? 若いのに物忘れが始まったんじゃないか、キャピレス」

 俺は悪役令息よろしく振る舞ってみせた。というか、なんでいま構ってくるんだ。学園では廊下ですれ違っても無視なくせに。レオがここで油を売ってる間は、エリザベスが一人でいるってことだ。早くレオを彼女のところに戻さなくては。レオは俺の額に杖を突きつけてくる。俺はごく、と喉を鳴らし、冷や汗をかいた。本当のことを言わなければ殺されそうだ。アルヴィンは露悪的な笑みを浮かべてみせる。

「生意気なスコーピオンクラスを大人しくさせたくて。エリザベスが僕に惚れたら、いい気味だと思って惚れ薬を作った。そしたらおまえが勝手に飲んだんだ」

「……クズが」

レオの瞳が真っ赤に染まって、ピキピキと部屋が凍りついていく。自分で煽っといてなんだけど、これは本当にやばい。俺は起きあがろうとしたが、レオが肩を掴んできた。拘束魔法をかけられて、手足を縛り付けられる。おい、外せと叫んだのだが、レオは俺の方を見向きもせず、部屋を出て行った。俺はドアのところまで這って行き、必死になって叫んだが、パーティーの喧騒にかき消されてしまい、誰にも届かない。ガタガタと身体が震えて、息が白くけぶる。

 ──結局、死ぬのかな、俺。最後に、エリザベスと踊りたかったな。そう思うのに、浮かんでくるのはレオの顔だった。あんなやつ、嫌いだった。スピカに夢中で、絶対にこっちを見ない冷たいアクルトゥルス。

 俺は、自嘲気味に笑った。惚れ薬を飲んだ相手に惚れるなんて、どうしようもないな。

 人間は体温が下がり過ぎると、眠くなり、意識を保てなくなって死に近づく。ふわり、と抱き上げられた感覚がした。俺は、ふ、と瞳を開く。まつ毛についた氷のかけらがはらりと落ちて、心配そうにこちらを見下ろすロイドと視線が合った。

「大丈夫かい、アルヴィン」

「殿下……」

「凍死寸前だったと聞いたよ、可哀想に」

 ロイドは優しく俺の頰を撫でた。俺は、大きな寝台に寝かされている。ロイドは一体誰にやられたのかと追求してきたが、俺は答えなかった。そうだ、クロフォードが今頃心配しているかもしれない。起きあがろうとする俺を、ロイドは留めてきた。

「大丈夫。クロフォードくんには伝えてある。よくなるまで寝ていたらいい」

「でも、ご迷惑ですよね」

「そんなことはないさ。僕らはもう友人だろう?」

 そっと手を握りしめられて、泣きそうになった。他の攻略対象は、はなから俺を嫌っていた。だけどロイドは違うのだ。俺を、アルファルドクラスだから陰険で嫌なやつだと決めつけたりはしない。レオのそばにいても傷つくだけだ。魔術学園を一番の成績で卒業して、ロイドのために働こう。その前に……片付けなきゃならないことがある。部屋から出たら、エリザベスが駆け寄ってきた。乳白色のドレスは、彼女によく似合っている。可愛らしい姿に頰が緩む。エリザベスは血相を変えて、俺の腕を掴んだ。

「アルヴィン! どうしたの。あなたが倒れたって聞いて……レオはいないし」

「エリザベス、好きだ」

 エリザベスは息を飲んで俺を見つめた。

「ずっと君と話したくて、でも素直になれなくて、嫌なことも言ったりした。だけど本当は、中等部からずっと好きだったんだ」

「……アルヴィン、私」

「好きな人がいるんだよな。わかってる」

「あなたが好きよ。友達として。あなたも、そうなんじゃない?」

 わからなかった。少なくとも、記憶の中には彼女への想いがあった。だけど、俺が彼女と恋をすることはない。もちろん、他の攻略対象者たちとも。俺はエリザベスに手を差し出した。エリザベスはその手を取る。本願が叶って、アルヴィンは喜んでるかな。これはラストダンスだ。悪役令息の自分は、もう誰とも踊ったりはしない。エリザベスがいつかこの瞬間を思い出してくれたら、それで充分だ。孤独の星、アルファルドは一人でいい。帰ろうか、と言ったら、エリザベスは泣きそうな顔で笑った。

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